第4話 直美(4)秘密を携えた帰宅

文字数 3,087文字

3月14日(日)ホテルのロビーから実家へ電話を入れる。母親にこれから大阪へ帰るが、変わりがないかを確認する。2日間の手伝いのお礼を言われた。これで安心して戻れる。それから、夫の(つとむ)に電話を入れる。

「これから9時54分の特急で帰ります。京都駅には12時9分着、家には1時過ぎには着けると思います。いつものように夕食にお弁当を買って帰るけど、ほかにほしいものは?」

「お母さんの様子は?」

「ええ、いつものとおり、家の掃除や片づけを手伝ったけど、ものが多すぎて整理できなくて。使わなくなったものがいっぱいあるけど、なかなか捨てさせないから」

「お母さんの思い出の品も多いのだろう。喧嘩しないで根気よくやることだね。お土産はお弁当のほかにおいしそうな和菓子、特に最中を何種類か買ってきてくれないか?」

(りょう)の様子はどう?」

「二人でゲームをして遊んでいた。なかなか亮に勝てない」

「ゲームばかりしていないで勉強も見てやってよ、お願い」

「パパのごはんがおいしくないといって困っている。早く帰って来てくれ」

「分かった」

帰省すると帰り際に母親が生活の足しにとお金をくれる。一回は断るけど二回言われるとありがたくいただいている。それでお土産を買って、残りはお小遣いにしている。

母は父の遺族年金と自身の年金が入るし、それに父の生命保険金があった。特段、生活に不自由している様子はない。それでこちらも援助の必要もなく助かっている。

私は9時30分にチェックアウトして外に出ると、昨晩の雨が嘘のように晴れ上がっていて清々しい。歩いて駅へ向かう。

駅の近くにとっているホテルは部屋が広くてきれいで料金もほどほどでコスパが良いから毎回使っている。お土産物売り場で注文の和菓子と弁当3人分を仕入れる。朝食を食べたからお昼は食べないことにしている。すぐに太る体質だから気を付けている。

自宅は高槻にある。金沢から特急に乗るとドア To ドアで3時間ほどだ。母親に何かあってもすぐに駆け付けられて便利なところだ。

夫の勉はちょうど42歳になったばかりだ。私は2歳年下の40歳だ。息子の亮は11歳。今家族が住んでいる戸建ては3LDKで1階が1LDK、2階に2部屋ある。高槻駅まで徒歩10分の距離だ。

4年前に買って、まだローンは残っているが負担になるほどの額ではない。夫の実家を処分したお金を頭金として、二人の貯金に加えて私の実家も援助してくれたので、ずいぶん助かった。

予定どおり、午後1時過ぎには自宅に帰ってこられた。2泊3日の予定で出かけてはいるが、帰りの3日目は早めに向こうを立って、この時間には着くようにしている。

夫に3日も亮を見てもらって悪いし、月曜からはまた仕事が待っている。だから家でゆっくりして身体を休めたいし、夫も休ませてあげたい。

「お弁当を見繕って買ってきました。気に入るといいけど?」

「3つとも違うんだね。すぐ食べようよ。3つとも開いていい?」

「亮、まだ、1時過ぎだぞ。これは夕飯に買ってきてもらったんだからね」

「パパの朝昼兼用のごはんを11時に食べたけどお腹がすいた」

亮がもう食べようと言って聞かない。食べ盛りだからしかたがないかな。

「じゃあ、一つだけ開けて食べたら」

亮がお弁当を開けて食べ始めた。私たちはお茶を入れて和菓子を食べ始めている。

「お勉強を見てくれてありがとう。 私だと亮が言うことを聞かないから」

「そうなのか?」

「ママはすぐに怒るから」

「あなたはゲームをしたりしてうまく勉強をさせているから」

「パパは教え方がうまいし怒らないから、パパに教えてもらった方がいい」

「そうでしょう。お願い」

「分かった」

夫はそのあと亮の勉強をみてくれた。「亮は勉強が嫌いではないし、やる気はあるので教えがいがある。そのうち、僕でも教えられなくなる時が来る。勉強を見てやれるのも今ぐらいしかない」と言っている。子煩悩で助かっている。

彼は亮が小さい時からずいぶん面倒を見てくれた。生まれたばかりの亮が夜泣きすると夜中に起きてオムツをかえてミルクを飲ませてくれた。私が育児で疲れているのを分かってくれて、自分も仕事で疲れているのに不平をひとことも言わずに手伝ってくれた。

私たちは結婚してから2年ほど子宝に恵まれなった。1年ほどして避妊を止めたが、なかなか妊娠しなかった。不妊治療が必要だと思って病院に行ったが二人とも異常はなかった。

それで専業主婦だった私は再び旅行代理店に勤め始めた。勤めだして2か月ほどして体調が悪くなって診察を受けたらどうしたことか妊娠が分かった。夫の喜びようはなかった。

◆ ◆ ◆
日曜の晩は早めに休むことにしている。亮は小学3年生になったときに2階の一部屋を勉強部屋にしてそこで寝るようになっている。はじめは寂しいとか言って1階の寝室へ降りてくることもあったが、このごろはすっかり一人で寝ることに慣れたみたい。

2階のその隣の部屋は夫の書斎になっている。このごろはそこでリモートでの仕事もしている。それで亮に勉強を教える機会も時間もとれるようになっている。

私と夫は1階のリビング脇の8畳ほどのメインルームを寝室にして布団で寝ている。それまでは親子3人で寝ていた。それで私との夜は疎遠になりがちだった。このごろは2階の部屋に気を使いながらも愛し合うことがふえている。

隣に寝ているとついお互いに手が伸びる。私が誘ったときに夫は拒んだことはないし、夫が手を伸ばしてきたときには私も拒んだことがない。ただ、二人とも途中で寝落ちすることが何回もあった。お互いに働いていて家事や仕事で疲れているのでしかたがないと思っている。

私はHが嫌いな方ではもちろんないし好きな方だと思っている。感じやすいし、昇り詰めてもいる。夫もどちらかというと好きな方だと思う。

彼が手を伸ばしてきて私の手を握った。私はその手を握り返した。彼は私の布団に入ってきて身体を寄せてくる。この前愛し合ってから時間がたっていた。それにしばらく留守にして寂しい思いをさせていた。いつものように私を愛し始める。

昨晩の進の愛し方は夫とは同じところもあったが、違ったところも多かった。夫が私を愛するときの流れはほぼ決まっている定番といった愛し方がある。何度も愛を重ねるうちに自然と好きな形と流れが決まってきている。マンネリというか、代り映えしないけど、それでも私は毎回満足している。

どうして二人は愛し方が違うのだろう。夫は私の感じやすいところが分かっているからそこを丁寧に愛してくれている。きっと進のパートナーの感じるところと私の感じやすいところが違っているからだろう。それと私の感じるところがまだ十分に分かっていないからだろう。

進とのことがあったせいか、今日はいつもの流れにこうしてほしいと違った体位をねだってみた。それは昨晩、進が私に望んだ体位で夫がいままで試みたことのない体位だった。いつもと違う流れになって、それが刺激になって、私はすぐに昇り詰めてしまった。

◆ ◆ ◆
私は満ち足りた表情をして彼を見ていたと思う。彼は私から少し離れたところで横向きになってこちらを見ている。昨晩の後ろめたさもあってこちらから話しかけた。

「久しぶりだから今日はいつもと違ったことをしてもらいたかった。ありがとう。すごく良かった。」

「そうか、たまには変わったこともいいかもしれない。これから毎回少し工夫してみようか?」

「お願いします」

夫は「どうしたの?」とか聞いてこなかった。それから私をしっかり腕に抱いて眠ってしまった。昨晩、私に起こったことに夫は気づいていないと思う。
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