プロローグ その3

文字数 2,373文字

「何故あそこまで特別扱いの様な事をなさるのですか? それにあのファイルは削除したのかと思っていました」
 あやは私の為に声を荒げているのは凄く分かる。秘書用のプログラムを搭載しながらも、私付きの秘書としての知識を自らで選んで取り込んでくれているのも接していて分かる。
「あれは忘れてしまった時の保険なのよ。私はサンクティオの秘密をいくつか知っている。が、生かされている。それに最近のあやは昔とは変わってしまって驚いているのだが」
 最近では愛情表現が人間の中でも特異な方に傾いている気もしているが、私はその辺に疎い。それでも変わった事ぐらいは分かっているつもりなのだ。
「文香、オフラインに移行して、それからこの話は例のフォルダに」
 例のフォルダ。白木文香のみにしか解読できない暗号文で書かれた文章をしまっておくフォルダ。本人以外、若しくは特定の段取りを踏まないで閲覧した場合はフォルダが消去されるようになっている。
「貴女は私の秘書であり親友だから色々な話をしたわよね? 例えば私の家族構成に私の記憶は私以外の物だったとか」
 ここ数年の間に随分と進化したものだとあやを見て思う。サンクティオはアンドロイドに長けており、アラガミは再生医療に特化している。アラガミは広報されている情報で、サンクティオは内部の者しか知らない。
「はい。勿論存じております」
 声音や表情からは感情を読み取る事は出来ない。が、多分怒っているのだろうとは分かる。
「これは勘でしかないのだけど、あの子、五十住葵は私と何らかの接点があったと思うのよ。それと彼に関して気になった点が二つあるわ。一つは十歳以前の記憶が無い事。普通に考えて十五歳位だったら七歳前後の記憶は少しでもあると思うのよね。二つ目は文明から離れて暮らしていたにも関わらず、あの膨大な情報量を脳に与えたけど頭痛の一つも無いなんておかしいと思うのよ。酔ってすらいなかったわ」
 あやの表情が変わった。片眉を下げて両の口端を下げる。無理解を示している。
「その言い方ですと、夢希様には何か思い当たる点でも?」
 あくまでも仮説。それにあやがあの子を毛嫌いしているのを肌感覚で分かる。
「《ドリームイーター》、夢喰いなんてコードネーム貰ってるけど、そんな可愛らしいものじゃないけどね」
 あやは薄目で私を見ている。それに反論するのはいつもだったが、今日はいつもより突っかかってくる。
「そんな表情をしないの。随分久しぶりに夢を見たのよ。私が日本支社配属を告げられた前日に見た夢と似た物をね。迷信はあまり信じる気にはならないのだけど」
 そこで口を閉じる。
「私はアンドロイドですので、夢希様の言う事を理解できません。ですので、あの男が夢希様に何らかの関係者であるとは思えません。夢希様の言葉は非論理的です」
 私には目の前の秘書がどうしてもアンドロイドには思えなかった。確かに口にするのはアンドロイド同様の受け答えであったが、触れた手に時折見せる不規則な発言には機械らしさが薄れていた。
「貴女、本当にサンクティオ製のアンドロイドなの? だとしたら完成度が高いわね」
 あやは頷いて見せる、あくまでも機械的な動きで。
「確かに貴女は他の秘書アンドロイドと連携も取れているし、そうなのでしょうね」
 目の前の秘書アンドロイドは俯いて固まった。何かを考えているのか、それとも別の思惑があってそうしているのか。人間よりもずっと分かり辛く複雑だった。
「夢希様は《ドリームイーター》と会った事があるようですが、どんな方なのですか?」
 言っていいものか。思案していると扉を叩く音が室内に響く。
「浅見です。今よろしいでしょうか?」
 横に居たあやの表情が僅かに変わった様に見えた。
「あや、扉を開けてあげなさい」
 あやはフリーズした様に動かない。珍しい秘書の動きに声を掛ける。
「あや」
「は、はい」
 扉を開くと可愛らしいショートカットの女の子が立っていた。
「お初にお目にかかります。監視役を仰せつかりました浅見広美と申します」
 何処か既視感を覚える見目にしばし言葉を失った。
「崩月様?」
 知らぬ間に横に移動していたあやに声を掛けられて、自分が上の空であった事に気が付く。
「浅見さんね。任務は聞いています。私から特に任務に関して言う事は無いけど、学園生活を楽しんでね」
 前髪の隙間から覗く瞳が私を訝しむ様に見ている。疑問を口にする事は無いが、何か思う所があるのだろう。
「私は学校が楽しかった記憶が無かったから、ね。任務で学園生活を送るにしても、高校生として楽しみなさい」
 今日は本当に柄に無い事を言うなと自分に対して苦笑を漏らす。二人からの視線を感じて、少し居心地の悪さを肌感覚で味わう。
「浅見さん、だっけ? 何処かで会った事あったっけ? 私、何処かで貴女と対峙した様な記憶があるんだけど……」
 安っぽいナンパのセリフに思わず私自身苦い顔をしているだろうなと思う。
「どうでしょうね? 同型機と勘違いしているのではないでしょうか?」
 同型機? 潜入型や戦闘型のアンドロイドの大半を把握している私から言わせてもらえば、同型機はあり得ない。それに浅見と名乗った目の前のアンドロイドはサンクティオ製の子達とは違う雰囲気を纏っている。
「任務の連絡と報告は白木を通しますので、直接私から連絡する事も無いです。ではもう下がっていいですよ」
 浅見が出て行くのを見送ると椅子に深く座り直す。お気に入りの椅子だけあって座り心地は最高だ。
「あの子、あやに何処か雰囲気が似ている様な気がしたけど?」
「私もあの子もアンドロイドなので、似ていると感じたのでしょう。それにあの子は私よりも後に生まれた子ですし」
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