第1話

文字数 822文字

【百円分のしあわせ】        

コンクリートの硬い冷たさが尻に伝わる。
身寄りも金もない俺は、ついに、帰る家も失くしてしまった。
湾曲した道の向こうには、自販機で楽しそうにジュースを買う男子高校生2人組がいる。大して歳の変わらない奴らなのに、眩しくて痛い。
「お前、ほんとじゃんけん弱いよな〜」
「うるせぇわ! メロンジュースでいいよな?」
働き詰めだったなぁ、あの頃も。
両親がいない俺は施設で育ったから、衣食住以外の金はすべて自分で稼がないといけなかった。
ろくな青春を過ごさず、施設を出たが、自分で稼いだ金で、一人静かに暮らせる日々を得た俺は、まぁまぁ幸せだった。
しかし、上司に怒鳴られ続ける毎日に、日に照らされ続けながら滝汗を流す肉体労働。作業の途中で、突然、カラスに目を啄まれたように倒れ、そのままクビとなった。
「あっ! 百円!」
高校生が落としたであろう銀貨が道に転がってくる。生き抜くために、迷わず立ち上がり車道へ飛び出した。もうすぐ手に入る、その瞬間、つん裂くようなブレーキ音。
「危ねぇじゃねぇか! お前!」
怒号を飛ばされ、自分がした行動に気づく。乞食だよ、あいつ、自販機からそんな声も聞こえた。俺には今、小銭すらないのか。何なんだよ、この人生。道に座り込み微動だにしない俺を不審に思ったのか、タクシーの中から運転手が降りてくる。
「なぁ、お前なんでそんなとこで泣いてんだよ。」
さっき怒ってきた人の顔が、水面で揺れて見えない。
「あんちゃん、百円のために自分の身投げ出したってか?」
涙を拭うと、そこにはなぜか笑顔で突っ立っているメガネのおじさんがいた。
「俺もそんな時期があったよ。轢きそうになったお詫びになんか食わせてやる! 乗れ。」
腕を掴まれ、助手席に押し込まれる。暖かな布団に包まれた赤ん坊のような、そんな感覚がした。

俺が本当に欲しかったものは、金でもなんでもなかったのかもしれない。今はただ、その正体もわからず、心地よい揺れに眼を閉じた。
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