笑顔にさせたいお兄さん

文字数 2,740文字

「にっ」
 鏡に向かって笑顔を作る男。
「にぃぃいっ」
 繰り返し自分の顔をたしかめている。
「メカギさん、お客さんですよ」
 鏡に向かう人物の名前は家達女鍵(いえたち・めかぎ)。奇妙な言動を繰り返すが、頭は悪くない。むしろ優秀だ。この地域で、いや、国全体で数本の指に入るほどの推理力を持っている。その力を持ってして、彼は探偵事務所を運営できるのだから。
「万次郎くん、おかえり」
 私の名前は竹村万次郎(たけむら・まんじろう)。女鍵のパートナーだ。……と、いまは私の話をしている場合ではない。クライアントを紹介しよう。
「こちら、サラワレくん。あなたに相談したいことがあるそうです」
 女鍵はサラワレくんをジーッと見つめる。しばらくの沈黙のあと、「どうぞ」と言って、客室兼彼の書斎にある椅子へかけるよう手を伸ばした。

 サラワレくんが椅子に腰をかけるか、かけないかのタイミングで、女鍵が言う。
「君の事件はもう解決しているはずだろう」
「どうしたんですか急に?」
 女鍵の突然の発言に私は、彼の顔を見つめた。表情から察するに、どうやら冗談ではなさそうだ。
「新品の衣服、整った髪型、君は間違いなく保護されたあとだ。それに目つきが落ち着ききっている。まるで何かから解放されたあとみたいだね。たとえば凶悪殺人犯、とくに児童だけを集めたような悪趣味な人間。唯一、僕が君のことを解せないところがあるとすれば、肌がやけに白いことくらいだが、この事件とは関係がないことだし、プライベートな領域なので踏み込まないことにしておこう」
「すまないね、サラワレくん。この人は推理力ばかり鍛えていて、人と会話のキャッチボールができないんだ。本当に困った人で……」
 サラワレくんは話を否定することなく、自身が体験したことを語りだした。いつもの通り、女鍵の推理は間違っていないようだ。
 話によると、サラワレくんは学校の帰り道に誘拐されたとのことだった。人通りが多い道を歩いていると、むかいからやってきたワゴン車にむりやり乗せられ、気づいたときには薄暗い家のなかにいたという。
 犯行人数は一人。若い男性だったそうだ。
 家には複数の部屋があり、そのすべてには子どもたちが椅子に座って並べられていたという。子どもたちといっても、それはすべて死体。亡くなった子どもが、まるで蒐集物のように並べられていたそうだ。唯一、生きていた子どもといえば、サラワレくんだけ。
 その男は子どもたちを笑顔にすることが趣味だと繰り返しつぶやいていたそうだ。一人ではたくさんの子どもたちを笑顔にするのは大変だということで、お手伝いさんとしてサラワレくんを誘拐したという。
 しかし死んでいる子どもたちをどのように笑わせるのか、想像もしたくないことだが、私は気になりたずねた。するとサラワレくんは、ナイフを手渡され、子どもたちの口元に突きつけて、裂いていったのだ。常人からすればそれはとても笑顔とは思えないのだが、犯人は楽しそうに一人ずつ笑顔を作っていったのだとか。正直なところ、ここで私は吐き気がして部屋を出て行こうとしたのだが、女鍵が割って入るようにはなし出したので、タイミングを逃してしまった。

「合理、支配、衝動──これが、ヤツらをひもとくためのキーワードだ。」
「なんのはなしです?」
 私は聞き返した。
「ヤツらだよ。サイコパス」
「サイコパス……たしか、反社会性人格障害。サイコキラー、シリアルキラーなんて呼ばれて、猟奇的な事件を起こすこともあるそうですね」
 女鍵によれば、サイコパスに分類される人々は、自身の欲望を達成するための最短ルートを選ぶことが得意だという。ウェスタン大学の犯罪心理学者マイケル・アーントフィールド博士の著書『Murder in Plain English』によれば、「トラックドライバー」や「倉庫管理人」といった職業を選ぶ傾向があるそうだ。シリアルキラーの人々は、犯罪をばれることなく行いやすいよう、時間や行動の自由が多い職業を好むらしい。
「火葬場」
「何が火葬場ですか?」
「職業だよ。当然だろ」
 女鍵の推理によれば、犯人は火葬場を営んでおり、児童が運ばれてきた際に、点火せず、死体だけ抜き取り、偽物の人骨を置いておく。
「けれど偽物の人骨って、何を置くんです?」
「粉末状のα-リン酸三カルシウムにエチドロン酸などを混ぜ合わたもの。3Dプリンターを使えば、技術的に不可能な話ではないよ。持ち前の支配力で、従業員は火葬場に近づかせないようにしていたんだろう」
「合理的で支配的か、なるほど……。けれど、3つ目の衝動っていうキーワードは?」
 私が聞くと、女鍵は興奮したように声を張り上げる。
「そこだよ万次郎くん! "衝動"だ! "衝動"がこの事件を解決したカギを握っているんだ。そしてそのカギとは、君のことだよ、サラワレくん」
 女鍵が息を荒げて、手のひらをサラワレくんへ向けた。
「君は生きたまま、家のなかへ招かれた唯一の例外だ。手伝う人物を連れてくる衝動を抑えられなかったんだ。生きた子どもがある日、突然、帰宅しなかったらどうなるだろうか。とうぜん、家族や警察が身元調査のために動き出す。君がさらわれたのはどこだったか。"人通りが多い道"だ。目撃情報を探すことに苦労はしないだろう」
「犯行を手伝う人物がほしいと思っていたときに、ぐうぜん通りかかったサラワレくんが被害にあったということですか」
「そうだよ万次郎くん! 君にしては、理解が早いね」
「けれど、サラワレくん、よく無事でしたね」
 その言葉に気を悪くしたのか、サラワレくんは何も言わずに部屋を出ていってしまった。女鍵はまるで気にかけていない。私はいぶかしそうにドアを見つめる。戻ってくる気配はなかった。
 視線を女鍵のほうへ移す。サラワレくんが座っていた椅子の上に、紙が置いてあることに気づいた。
「置き手紙ですか」
「開くな」
「どうしてです?」
「開かないことが、君のためだ」
「そんなことありませんよ」
 私は女鍵の忠告を無視して、手紙を開いた。そこには一行だけ、こう書いてあった。
「あいつが、許せなかったから」
 女鍵は途中で気づいていたようだ。サラワレくんの肌が白い理由に。事件は解決していたし、サラワレくんも保護された後なのだ。女鍵から勘が悪いとののしられる私でも少しわかってきた。あの犯行を一人でも多くの人に知ってもらいたかったのだろう。
 信じたくはない。けれど、サラワレくんは犯人が最後に笑顔にした子どもだったのではないか。
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