気づけば生まれた大きな差

文字数 1,739文字

 俺には親友と呼べる存在がいる。

 家が隣同士だったため小学一年から高校二年の現在まで毎日一緒に登下校していた。
 十年来の付き合いである俺たちはいつも冗談を言い合っては二人で笑い合っていた。多少のセンシティブな冗談であっても俺たち二人の絆にかかれば笑い話で終わる。

 今日も俺たちは二人一緒に下校していた。

「俺さ、T大学に行こうと思うんだ」

 親友が突飛なことを言い出した。T大学は国内随一の偏差値を誇る大学だ。底辺高校の俺たちが合格なんて不可能な話だ。

「本気かよ。お前には十年早いよ」

 俺は嘲笑しながら親友の腕をどついた。

「頑張ってみるよ」

 親友は微笑みながら俺を見る。馬鹿にされても怒ることはない。当然だ。こいつがT大学なんて夢のような話なのだから。

「まあ、記念受験にはいいかもな」

 もう一度親友の腕をどつく。親友は「痛いって」と言いながらも終始笑顔だった。
 この時はまだ親友が本気でT大学に受かろうとしているとは思いもしなかった。

 ****

 その日を境に、いつも一緒にいた俺たちは少しずつ離れていくこととなった。
 授業後。いつものように親友を教室に迎えにいくと、彼は机に向かって勉強していた。

「帰ろうぜ」
「いや、今日は学校に居残って勉強するよ」

 親友は俺の方を向くことはなく、終始机の方に顔を向けていた。
 初めて目にする一生懸命頑張る親友の姿が何だかおかしくて笑けてきた。

「おいおい真面目かよ。じゃあ先帰るな」

 カバンで背中をどつくと、俺は教室を出て先に下校することにした。
 勉強嫌いな俺は、一緒に学校に残って勉強するなんてことはしない。受験は程々に勉強して入れそうな私立大学を受ける予定だ。あいつみたいに一生懸命勉強するような恥ずかしい真似はしない。みんなが受験勉強を頑張る間も悠々自適に過ごす。なんてスマートなことだろう。

 ****

 高校三年生になり、クラスのほとんどの生徒が本格的な受験モードに突入した。
 親友は相変わらず、授業後は残って勉強していた。それどころか、家に帰っても夜遅くまで机に向かっていた。

 彼の部屋の様子は俺の部屋からよく見える。俺はカーテンの隙間から猛勉強する彼の様子を見ては鼻を鳴らしていた。受験に熱くなっているあいつをどこか冷めた目で見ていたのだ。あいつの頭脳でT大学なんて夢のまた夢。低知能な俺でもそんなことくらいは分かった。そして俺の予想どおり、あいつはT大学を不合格となった。

 ****

 不合格となっても、あいつは諦めなかった。浪人を決意し、再び勉強の日々を続けていた。対して俺は、予定通り私立大学へと入学し、大学生ライフを謳歌していた。
 バイトに恋愛、勉強は単位が取れる程度に頑張る。余暇が多すぎるため、趣味で『ブログ』を初めてみることにした。

 自室にいると、たまに隣で猛勉強している親友の姿が視界に入る。俺は「何向きになってんだよ」と遠目で親友を馬鹿にしていた。
 いつも冗談を言っていたあいつが初めて見せた本気。俺はそれを受け入れられなかったのだと今となっては思う。

 俺の気持ちを気にすることなく、親友は休みなく毎日机に向かって勉強し続けていた。
 そして、親友は念願のT大学に合格した。

 ****

「「乾杯!」」

 T大学合格記念に二人で飲みに行った。

「おめでとう。これで晴れて大学生だな」
「ありがとう。まるで夢みたいだ」
「お前は本当にすごいな。冗談だと思っていたのに有言実行しちまうんだもん」
「一回、自分の本気を試したかったんだ」

 楽しそうに話す親友の様子を見ながらジョッキに入ったビールを飲み干す。

「ぷは〜。そうだな。でもまあ、それにしてもなんだ……あれから何年経った?」
「……今年三八歳だから二十年だな」

 T大学に合格したのはいいのだが、親友は合格までに二十年かかっていた。

「十年早いとは言ったものの、実際は二十年か。現実そう甘くないな」
「全くだよ。お前は今何しているんだ?」
「俺か。今は友人の事業を手伝ってる。大学時代に趣味でブログやってたら、広告収入で何千万も稼いじゃってさ。今は程々に仕事しながら、余暇を楽しんでる」
「まじかよ。大きな差をつけられたな」

 まったくだ。努力してやるよりも楽しくやる方が結果につながると経験から学んだ。
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