第9話「あなたたちの意図は、これで断ち切るわ」

文字数 3,124文字

「諸君らの働きのおかげでジェラートは壊滅した。これでアックアの勢力も弱まるだろう」

 翌日の定時。
 セカンドの事務室でウィン皇子が機嫌良さそうに言う。
 ライさんは「うっす。嬉しいです」と興味なさそうに応じた。
 ヴィオラさんとブリキさんも似たような感じだった。

 マフィアを潰したというのに、どうでもいいのだろうか?
 戸惑いながら「お役に立てて光栄です」と僕は敬礼した。

「うむ。次のマフィアは『テルマエ』だ。そいつらはアックアの二次組織の中でも三番目に大きな勢力を持っている。奴らは売春をシノギにしているが、女の自由意志を奪って行なっている――いわゆる違法売春だな」

 ロドギアス帝国の法律で、売春を無理強いしてはならないと定められている。
 裏を返せば売春自体は違法ではない。それでしか稼げない女性も多くいる。

「フィアンマと協力してテルマエのアジトを掴むことができた。そこで――ヴィオラとエドワード、貴様らでそこを制圧しろ」

 無茶なことを言うウィン皇子に「ぼ、僕には荷が重すぎます」と控えめに抗議した。

「アジトには大勢、マフィアがいるのでしょう?」
「それなんだが、今夜アックアのボスが主だった幹部を集めて会合を開くそうだ。当然、護衛を引き連れてテルマエの組長も参加する。そこを狙うのだ」

 組長がいないのに襲撃して意味があるのだろうか?
 不思議に思う間もなく「安心しろ。ヴィオラがいれば死にはせん」とウィン皇子は自信満々に言い放った。

「でもウィン皇子。足手まといとは言わないけど、エドワードを連れていくメリットってあるんですか?」

 ヴィオラさんの疑問はもっともだ。
 言葉を選んでくれたけど、はっきり言えば僕はセカンドのお荷物だ。
 ライさんとの工場の一件だって、僕がいなければもっとスマートに脱出できただろう。

「俺の勘だが、今回の任務に同行させると、エドワードが使い物になる」
「ウィン皇子の勘? ……だったら信じるしかありませんね」

 何故か勘のような不確定なもので信用したヴィオラさん。
 逆に僕は心配と不安で一杯になる。

「あの、本当に――」
「信じろって。俺様の勘に間違いはねえ」

 出会った頃と同じ、悪ガキみたいな口調に何も言えなくなった僕。
 それからライさんとブリキさんにも命令して、政務のあるウィン皇子は去っていった。

「……本当に大丈夫でしょうか?」
「安心しなさい。ウィン皇子の勘はともかく、私がいるのだから平気よ」

 ヴィオラさんは自信に満ち溢れている。
 だけど僕は怖くて仕方なかった。


◆◇◆◇


 その夜のこと。
 軍服を着た僕と何故か黒い手袋をしている、ドレス姿のヴィオラさんは、テルマエのアジトの前に来ていた。
 そこは歓楽街の中心から東に外れたところで、売春宿が雨後の筍のように連立している区画だった。

 アジトは売春宿を装っているみたいだけど、店の前に見張りが数人立っている。
 手には警棒を持っていて、力づくでは入れなさそうだった。

「どうしますか? 裏に回って――」
「お馬鹿さんねえ。裏口のほうがガード固いに決まっているでしょ?」
「どうしてですか?」
「正面に見張りがいるからよ。裏口から入ろうと考えるマフィアを一網打尽にするには、そこの守りを固めるしかないわ」

 理屈はそうだけど、屈強な男たちがいる正面から入るのも大変そうだ。
 だけどヴィオラさんは「行ってくるわね」と簡単に言って、なんと正面から乗り込もうとする。

「ちょ、ちょっと! ヴィオラさん!?」

 慌てて追いかける――だけど既に終わっていた。
 屈強な男たちがヴィオラさんに襲い掛かろうとして――動きが止まっている。

「な、なんだこりゃあ!?」
「どうなってんだちきしょう!」

 見張りのマフィアが騒ぐ中、ヴィオラさんは髪をかき上げて「もう動けないわよ」と言う。

「私の意図で無ければ、あなたたちは動けない」

 空間がきらりと光った気がした、
 よく見るとキラキラしている……

「私、糸を使うのよ。だからこの人たちの動きをコントロールできるわ」

 騒いでいた見張りたちが一斉に黙って、顔を赤くして、気絶した。
 首筋にキラキラしたもの――糸が巻き付いている。

「操ってもよかったけどね。ま、中には他に骨のあるマフィアがいるでしょう」

 つまり、糸遣いってことか。
 僕は背筋の凍る思いをしながら、アジトの中に入った。

 そこからはヴィオラさんの能力が遺憾なく発揮された。
 糸を使って操ったり気絶させたりして先に進んでいく。
 中には同士討ちしたマフィアもいた。

 これでは出る幕もないなと少し楽観的な考えをしてしまった。
 元々、役に立てるとは思っていなかったけど。

 アジトは外観だと三階しかないように見えたけど、それは見せかけで実際は五階まであった。
 その最上階で筋肉粒々の大男がいた。
 坊主頭に機械か何かが埋め込まれている。目も血走っていて、服はタンクトップに迷彩ズボン。様子がおかしい……

「あら。この人、力が強いわ。操れないじゃない」

 ヴィオラさんは困ったように言う。
 僕は「どうするんですか!?」と動揺して訊ねる。

「そうねえ……この人を操っているの、いるでしょ? 出てきなさい」

 ヴィオラさんの指摘に「ありゃ。よく分かったな」と奥の部屋から小男が出てきた。
 手にはボタンとレバーがついた金属板を持っている。それで操っているのか。

「若頭補佐のツリヤーという。そこのは実験体の九十八号だ」
「ふうん。いつからテルマエはそんなのに手を出したの?」
「ふふふ。『ブラッド』と交換条件で譲り受けたのさ」

 ブラッド? 疑問に思ったけどヴィオラさんは「なるほどね」と納得した。

「さて。どうする? お前は美人だから多く稼げると思うが」
「生憎、私は大事な人以外は身体を委ねないのよ」
「そうかい……なら無理やりにでも――」

 ツリヤーが言い終わらないうちに、僕の身体に変化が起きた。
 自分の身体じゃないような。
 変な感覚――

「エドワード。操らせてもらうわね」
「えっ? 僕で戦うんですか?」

 すると小男が笑い出す。

「ふふふ! 今まで影で見させてもらったがな。糸遣いごときが九十八号を倒せると思うのか?」
「糸遣い? あなた勘違いしているようね」

 ヴィオラさんが糸を介して僕を操る。
 そして九十八号に――突撃した。

「うおおおおおお!」

 唸り声を上げて殴りかかる九十八号。
 だけど――僕には当たらない。
 紙一重ではなく、余裕で避けられる。

 逆に僕の攻撃は当たる。
 思いっきり殴るとよろけるし、全力で蹴るとふらつく。
 それに何故か、恐怖がなかった。
 むしろ高揚しているような――

「なんだそれは!? どうして圧倒的に――」

 ツリヤーが九十八号を操作しようとしたけど、何故か動きを止めてしまう。
 そして――金属板を落としてしまった。

「な、な――」
「私の能力、特別に教えてあげる」

 ヴィオラさんは微笑みながら言う。

「私は糸遣いじゃないわ。まあ糸を介したほうがやりやすいってだけだけど」
「なにぃ!? なら貴様は――」
「私が操っているのは『振動』よ」

 振動。震えを利用して相手の動きを止めたり操ったりする。
 それに身体を操る震えだけじゃない。
 怯えないように震えを操り、心を奮わせてくれてもいる。

「だったら、どうして俺が、操られているんだ! 糸には気を付けて――」
「あら。長い時間、お喋りしてくれたじゃない。『音』も振動しているのよ」

 糸だけじゃなくて、音でも操作――支配できる。
 身体操作だけじゃなくて、精神操作もできる。
 それは僕も身をもって分かった。

「さてと。これでおしまいね」

 ヴィオラさんは邪悪な笑みを浮かべて僕を操作する。

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