目撃者の見たもの

文字数 2,300文字

「……」
「先輩、何か考え事ですか?」
「いや……何でも無い。もう終わったことだ」
「そうですね。じゃあ、せっかく頼んだマティーニ飲みましょうよ? 早く飲むものですよ」
「てか、おまえは、カクテルの事になるとうるさいんだな」
「ええ、大学の頃にバイトでバーテンダーやってましたし。一番おいしい時に飲まれないカクテルの気持ちになると、悲しくて」
「その情熱を現場でも注いでくれよな」
「そんな……僕が仕事できないような言い方しないでくださいよ。今日だって現場向かいのオフィスビルでしっかり聞き込みしてましたし」
「……まぁ、さっきから頭痛めてるのはその、目撃者の供述なんだけどな」
 先輩と呼ばれているその男は、鞄から大きな封筒を取り出す。その中から薄く束ねられた紙をとりだす。すこしぬるくなったマティーニを一気に飲み干し、それに書かれた内容を黙読する。そして、大きなため息をつく。
「どうかなされました? 刑事殿」
「……どこから沸いて出た? 半分?」
「あの。その半分って呼ぶのやめてもらいません? 私のどこが半分だと言うのですか?」
「正答率半分の探偵気取りの元警官だろ? もう引退したんだから、突っ込んでくるのやめてくれ」
「またまた。私が嫌ならわざわざこの店に来ないでしょう。ここは私の庭でもあるんですから」
「あ、半分さん! 今日もこの店に居るんですね? 暇なんですか?」
「……新米君。君結構辛辣だね。で、この先輩は何でさっきからため息ついているんだい?」
「それなんですが……。今日あった飛び降り自殺の事後処理についてで」
「おい! コイツに話するな!」
「いいじゃないですか。先輩。それ貸してください」
「こ、こら! いい加減にしろよ!」
「で、半分さん。今回七十代のおじいさんが命を絶っちゃって……。念のため事件性が無いか聞き込みをしたんです。結局、争った形跡も、目撃証言からも事件性が無いことが分かったのですが」
「うん。それで?」
「はい、こちらの目撃証言なんですが、食い違いがあって。まぁ、見間違いじゃないかと処理されてますんで、問題はないんですけどね。一応、時刻は昼間のものです」
 半分と言われたその男性は、新米と呼んだ彼から紙を受け取る。そこにはその自殺の目撃証言が並んでいる。ほとんどは、人のようなものが落ちてきたという物と、自分でベランダを超えて落ちたという物だった。ただ、今回の問題はそれでは無く、他と紛れている証言の数々らしい。
 ある人は、男の子が落ちたのだと。
 ある人は、男子学生が落ちたのだと。
 ある人は、スーツの青年が落ちたのだと。
 ある人は、年頃の髪が長い女性が落ちたのだと。
 ある人は、中年の男性が落ちたのだと。
「ん~、そうですね。この何人かが言っている、落ちた被害者とかけ離れている証言をしている人が居るんですね」
「ええ、それも何人か同じ答えをしているんですよね。例えば学生を見ただと三人くらい居て。それ意外も、ちらほら一致しているんです」
「……って、それをおまえが主張するもんだから、俺は気苦労を」
「えっと、この証言。明らかにおかしいですよね?」
「え? どれです?」
「全部だろ……おまえの持ってきた証言」
「先輩、少し酔ってるからって、ひどいです」
「ん~。全部っていうのは当たりかも?」
「半分外れるおまえが何を言う」
「いえいえ、よ~く考えてくださいよ?」
 半分と呼ばれている彼は、落ち着くようにと間を開ける。彼の口角はわずかに上がり、楽しんでいるかのような表情を浮かべる。そして、先輩、新米が半分の言葉を静かに待っている。まるで、気づいた彼の特権のように。
「いいですか? まず、ふと外を見た時に、人が降ってきた時にどのように見えると思います?」
「と、言うと?」
「この証言は、向かいのオフィスビルで集めた物ですよね?」
「はい。って、半分さん、いつから僕たちの会話を聞いていたんですか?」
「コホン……。ふと外を見た時に偶然見たものです。どのように見えると思います?」
「そりゃ、何かの影が……って、そういうことか!!」
「はい。そうです」
「え? どういうことですか?」
「気付け! 一瞬で見たもので、こんな細かい特徴まで判別出来ると思うか?」
「そりゃ……まぁ。そうですけど。それが何なんです? 先輩?」
「え?」
「えっ、じゃないですよ。先輩。だからそれがなんなんです?」
「新米君。とりあえずこの証言は、実物を見た証言では無い。って事なんだよ」
「それって……どういうことですか?」
「それはね。ちょっとオカルトになるけど……。あくまで私の推測だけど。このご老人は死ぬ間際に走馬灯を見ていたんじゃ無いかな? そして、ご老人の見ている走馬灯が伝播して、一部の人はそれを見てしまったんじゃ無いかなって。きっとこのご老人も自分で命を絶つ手前までは追い詰められていたんだろうけど。落ちてゆく瞬間には、幸せだったことを強く想ったのかもしれないね」
「……へぇ。そんなことがあるんですね」
「おまえ、半分の言うこと、真に受けるなよ?」
「まぁ。私の推測と想像だけどね。本当かどうかは分からないけどね」
「結局は半分じゃねぇか!」
「あはは。一本取られたよ」
 一つの謎が解けて、気分が晴れたような一同。先輩の顔からも暗さが消えて、明るくなる。新米君はマスターにおかわりを注文している。結局、その後は先輩が毛嫌いしていた半分も交えて三人で、グラスを交わした。
「あ、そういえば……」
「どうした?」
「先輩。目撃証言の中に、髪の長い女。ってあったような……」
「新米君。それはおじいさんのためにも、忘れてあげて」
「だな」
「??」

――――END――――

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