ラブレター

文字数 1,687文字

「ねえちゃん、これ、ラブレターだろ」
 学校から帰宅すると、待ち受けていたのは勝ち誇ったような弟の笑み。
 ヒラヒラと指先で遊ばせているのは……見覚えのある封筒。
 私は目の前の光景に茫然とした。
 違うわよ!! と毅然と言って取り返そうと思ったのに。
「ちっ、ちがっ、ちがっ」
 盛大にどもった。
 それが拍車をかけた。
「誰宛て? ねぇ、部活の先輩とか?」
「ちが、ちがっ……かっ、返してっ」
「どうしよっかなぁー」
 ニヤニヤ笑う弟。
 慌てふためく私。
「タダでってわけにはいかないなぁ」

 ……昨日の夜中に書いた私の手紙は。
 一晩経って、なぜか、自分への脅迫状へと変貌した。
「とりあえず、ジャンプ買ってきて」
 でも、小学生の弟の脅迫なんて、大した事ない。
「あと、ついでにあの漫画とこの漫画。リスト出しておくから」
 ……と思ったのが間違いだった。
「あ、そうだ。ついでに先週発売したゲームも」
「そんなにお金ないよ」
 困って訴えるように言ったけれども。
「ねえちゃん、お年玉貯金してるでしょ? あれで」
「……だめ、それは」
「何で」
「…………貯めてるから」
「いいじゃん、ちょっとくらい」
 だめ、と釘をさす。
 お年玉を貯金したくらいじゃ足りないから。
「いいの? このラブレター、駅前で公表しても」
 ……マズった……ハートのシールで留めたのがまずかったのか……。もっとシンプルな物にすれば良かった……。
 弟があれを持っているという事は、私の部屋に無断でズカズカと入ったという事だ。しかも、机の中をさばいたという事にもなる。
 それをここで追及して根掘り葉掘り聞きたい衝動にも駆られたけれども、結局私はそれをしなかった。
 チラっと柱の時計を見る。16時45分。
 ……もうすぐお母さんがパートから帰ってくる。
 できれば、お母さんが帰ってくる前に……。
 いっそもう、弟と手紙は放っておいて行こうかな……。
 でも。
「本買ってきて、ゲーム買ってきて。お菓子も買ってきてねえちゃん」
「……仕方ないな」
 ……結局私はそれをしなかった。
 出かけたけれども。
 ……弟のための本とお菓子を買って、家に帰った。
 ◇ ◇ ◇
「手紙返して」
「えー、やだ」
「本買ってきたじゃん」
「ゲームは?」
「だから、お金ないって」
「ケチ」
「そういう問題じゃない」
「じゃあ、返す代わりに、今度のゲームショウついてきてくれる?」
「えー……男子ばっかだし。人いっぱいだし」
「じゃ、これお母さんに渡す」
「お母さんだけにはダメっ!!」
「じゃ、約束ね。絶対だよ」
「……」
 弟は、純粋な笑顔を浮かべて手紙を差し出した。
「絶対ね」
 もう一度言われた。
 今度のゲームショウって……来年の事じゃんか。
 ◇ ◇ ◇
 手紙を取り戻して部屋に戻る。
 帰ってきたお母さんが、晩御飯の支度をしている。
 封書を開ける。シールは簡単に剥がれた。
 折りたたんである紙を開いて、改めて見る。
 それは、遺書だった。
 ……死ぬつもりだった。
 遺書と同じ所に通帳も置いておいた。葬式代にしてもらうつもりだった。
「……」
 一から十までもう一度文章を読む。
 少し涙が出た。
「来年のゲームショウ……」
 弟と約束したから。
 それまでは……生きてみようかな。
 ◇ ◇ ◇
 今日もお母さんと弟と3人でご飯を食べる。
 お父さんはお風呂に入っている頃に帰ってきて、特に会話もなく、部屋に戻る。
 あとはテレビを見て本を見て過ごして適当に眠るだけ。
 今日もこんなふうに終わる1日。
 明日もこんなふうに過ごすのかな。
 ……部屋に戻ると、机の上に封筒が置いてあった。
 見覚えのない物に、私は首を傾げて中身を取り出す。
 ……部屋に戻ると、机の上に封筒が置いてあった。
 見覚えのない物に、私は首を傾げて中身を取り出す。
 手紙が1枚。
 その手紙は、弟の字で。
 ――姉ちゃん、死ぬな。
 ……耐えられなくなって、私は泣き出した。
 きっと明日も同じ一日。
 誰も何も言わないけれども。
 でも。
 ……叶えたい未来が、私にもできた。




 別れのつもりで書いた弟へのラブレターを、粉々に破り捨てる。

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