おばあちゃんは18歳
文字数 1,944文字
「こんにちはー」
ピンポン、ピンポン――――インターホンが鳴り響く。
僕の名前は春日ひびき。高校二年生だ。
「勧誘ならおひきとりください」
「ひびき、椿ばあちゃんだ」
モニター越しには美しい少女が立っている。なんでその人が僕の祖母の名前を知っているのだろう? 個人情報を知られたとか?
「春日ひびき18歳。春日音といろはを両親に持つ高校二年生。祖父の名前はかなた。かなたは三年前の八月十日に亡くなる。そしてかなたの妻であるのが、椿こと、あたしだ」
「なんで……そんなことあなたが知っているのですか?」
奇妙なホラーの世界にでも入ってしまったようで、眠気が吹き飛ぶ。春眠暁を覚えずの理論が覆されるくらい俺の背筋は凍っていた。玄関前で個人情報を話されることも怖くなってしまい、僕はその人を中に入れることにした。
「とりあえず中に入ってください」
椿本人だとやたら主張するこの女性の目的を探らなければ……。
「これはあたしの学生時代の卒業アルバムだ」
この人、若いのに口調が年寄りくさいな……。たしかに話し方や口調は、祖母の椿に似ている。
そのアルバムは昭和初期のもので、古びたものだった。そこに十八歳のころの僕の祖母がいた。旧姓の草野という名字や高校の名前も聞いたことがある。その白黒写真のアルバムに映っている人は、目の前にいる女性と同一人物だった。
「ばあちゃんか? この卒業アルバムの美少女がなんでここにいるんだ?」
「美少女なんて、やだよ」
ばあちゃんは美人だったらしいとは聞いていた。学生時代のアルバムを見ても 現在のアイドル級の美しさだ。しかし、僕は「現在のばあちゃん」しか知らないのだ。しかも、現代の技術で若返るなんて聞いたことはない。そんなことは不可能だ。
だれかが、似た人を送り込んだとか、詐欺とか? 僕は疑いから入ってしまう癖がある。
「あたしはあと1日の命なんだわ。昨日、余命1か月の命だと死神に言われたのさ。十八歳の姿になって1日生きるか 八十歳のまま1か月生きるかって選択を迫られたんだ。どうせなら1日だけでも若返らせてほしいと願ったのさ。そうしたら十八歳の肉体になったけれど、中身は八十歳ってことだ」
たしかにこの少女の服装は高齢者向けの地味な服で、若者が選ぶとはいいがたいセンスや色合いだった。
「見た目は十八歳。中身は八十歳ってことか? しかし1日の命という割には元気すぎるだろ?」
「あたしは、ぴんぴんころりを目指しているんでな」
十八歳の少女がぴんぴんころりって……死ぬ直前までぴんぴんしていたのに急に死ぬっていう意味だよな。
「若い元気な体にしてもらったんじゃ。やはり若いと体力も気力もみなぎるわい。老眼も治って耳が遠いのも治ったわい。足腰も全然痛くないしの。ちょいと台所をかりるぞ」
このセリフを十八歳の少女が言っている違和感。中身は時々しか会わないばあちゃんだということは、なんとなくわかった。
少し離れたところに、ばあちゃんの家があって――小さいころから両親が朝から晩まで働いていた。夏休みなどの長期休みや放課後は、ばあちゃんの世話になっていた。
「食べてみろ。証拠の味噌汁だ」
ばあちゃん特製のみそ汁はおいしい。玉ねぎが甘くて、たまごでとじた味噌汁は、玉ねぎが苦手な子供でもなぜか優しい味で食べることができた思い出の味だ。優しい味わいは懐かしさをそそった。この味は、ばあちゃん本人だ。
久々にじっくりと、向き合って色々話をした。小さい頃の思い出話やどうでもいい話だったけれど、それはとても心地がいい時間だった。
風呂から上がると、ばあちゃんはいなかった。きっと自宅に帰ったのだろうと思い、近所のばあちゃんのうちにも電話をしたのだが、仕事に行っているはずの僕の母親が出た。
すると――母親から思いもよらない一言が発せられた。
「さっき、近所の人からばあちゃんが倒れているって電話があったんだ。……ばあちゃん……死んだよ」
ばあちゃんは18歳になっているはずだ。何かの間違いだと言い聞かせた。
「若い女性ではなく、八十歳のばあちゃんなのか?」
変な質問だと思われたかもしれない。
「当たり前だ。今朝、突然倒れたみたいで。そのまま天国に行ってしまった……」
涙を流しながら、かあさんは電話をしているようだった。
幸せの形は人それぞれかもしれない。
寝たきりになっても少しでも長く生きてほしいと思う家族もいるだろう。
僕はあと1か月の寿命だったら若い姿で1日間を選ぶのか?
自分らしい最期ってなんだろうな? 最後にどの生き方が勝ちって言えるんだろうな?
ふと見ると、台所の鍋には、ばあちゃんの作った味噌汁と煮たごはんがまだ入っていたんだ。やっぱり――幻じゃなかったと僕は心の中で確信した。
ピンポン、ピンポン――――インターホンが鳴り響く。
僕の名前は春日ひびき。高校二年生だ。
「勧誘ならおひきとりください」
「ひびき、椿ばあちゃんだ」
モニター越しには美しい少女が立っている。なんでその人が僕の祖母の名前を知っているのだろう? 個人情報を知られたとか?
「春日ひびき18歳。春日音といろはを両親に持つ高校二年生。祖父の名前はかなた。かなたは三年前の八月十日に亡くなる。そしてかなたの妻であるのが、椿こと、あたしだ」
「なんで……そんなことあなたが知っているのですか?」
奇妙なホラーの世界にでも入ってしまったようで、眠気が吹き飛ぶ。春眠暁を覚えずの理論が覆されるくらい俺の背筋は凍っていた。玄関前で個人情報を話されることも怖くなってしまい、僕はその人を中に入れることにした。
「とりあえず中に入ってください」
椿本人だとやたら主張するこの女性の目的を探らなければ……。
「これはあたしの学生時代の卒業アルバムだ」
この人、若いのに口調が年寄りくさいな……。たしかに話し方や口調は、祖母の椿に似ている。
そのアルバムは昭和初期のもので、古びたものだった。そこに十八歳のころの僕の祖母がいた。旧姓の草野という名字や高校の名前も聞いたことがある。その白黒写真のアルバムに映っている人は、目の前にいる女性と同一人物だった。
「ばあちゃんか? この卒業アルバムの美少女がなんでここにいるんだ?」
「美少女なんて、やだよ」
ばあちゃんは美人だったらしいとは聞いていた。学生時代のアルバムを見ても 現在のアイドル級の美しさだ。しかし、僕は「現在のばあちゃん」しか知らないのだ。しかも、現代の技術で若返るなんて聞いたことはない。そんなことは不可能だ。
だれかが、似た人を送り込んだとか、詐欺とか? 僕は疑いから入ってしまう癖がある。
「あたしはあと1日の命なんだわ。昨日、余命1か月の命だと死神に言われたのさ。十八歳の姿になって1日生きるか 八十歳のまま1か月生きるかって選択を迫られたんだ。どうせなら1日だけでも若返らせてほしいと願ったのさ。そうしたら十八歳の肉体になったけれど、中身は八十歳ってことだ」
たしかにこの少女の服装は高齢者向けの地味な服で、若者が選ぶとはいいがたいセンスや色合いだった。
「見た目は十八歳。中身は八十歳ってことか? しかし1日の命という割には元気すぎるだろ?」
「あたしは、ぴんぴんころりを目指しているんでな」
十八歳の少女がぴんぴんころりって……死ぬ直前までぴんぴんしていたのに急に死ぬっていう意味だよな。
「若い元気な体にしてもらったんじゃ。やはり若いと体力も気力もみなぎるわい。老眼も治って耳が遠いのも治ったわい。足腰も全然痛くないしの。ちょいと台所をかりるぞ」
このセリフを十八歳の少女が言っている違和感。中身は時々しか会わないばあちゃんだということは、なんとなくわかった。
少し離れたところに、ばあちゃんの家があって――小さいころから両親が朝から晩まで働いていた。夏休みなどの長期休みや放課後は、ばあちゃんの世話になっていた。
「食べてみろ。証拠の味噌汁だ」
ばあちゃん特製のみそ汁はおいしい。玉ねぎが甘くて、たまごでとじた味噌汁は、玉ねぎが苦手な子供でもなぜか優しい味で食べることができた思い出の味だ。優しい味わいは懐かしさをそそった。この味は、ばあちゃん本人だ。
久々にじっくりと、向き合って色々話をした。小さい頃の思い出話やどうでもいい話だったけれど、それはとても心地がいい時間だった。
風呂から上がると、ばあちゃんはいなかった。きっと自宅に帰ったのだろうと思い、近所のばあちゃんのうちにも電話をしたのだが、仕事に行っているはずの僕の母親が出た。
すると――母親から思いもよらない一言が発せられた。
「さっき、近所の人からばあちゃんが倒れているって電話があったんだ。……ばあちゃん……死んだよ」
ばあちゃんは18歳になっているはずだ。何かの間違いだと言い聞かせた。
「若い女性ではなく、八十歳のばあちゃんなのか?」
変な質問だと思われたかもしれない。
「当たり前だ。今朝、突然倒れたみたいで。そのまま天国に行ってしまった……」
涙を流しながら、かあさんは電話をしているようだった。
幸せの形は人それぞれかもしれない。
寝たきりになっても少しでも長く生きてほしいと思う家族もいるだろう。
僕はあと1か月の寿命だったら若い姿で1日間を選ぶのか?
自分らしい最期ってなんだろうな? 最後にどの生き方が勝ちって言えるんだろうな?
ふと見ると、台所の鍋には、ばあちゃんの作った味噌汁と煮たごはんがまだ入っていたんだ。やっぱり――幻じゃなかったと僕は心の中で確信した。