転生したら脳内世界だったみたいだけど

文字数 1,954文字

 気が付いた時、彼女が居たのは何も無くただ真っ白な場所だった。天地は定まっているし、丁度いい明るさではあったが、兎に角何も無かった。
 首を傾げてみると、なんとなく違和感を覚えて彼女は立ち上がる。そして、自分が三頭身よりちょっと大きいくらいの形になっている様な気がすると思った。実際のところ、丁度そのくらいの大きさになっていた。
 そしてふと思い出す、あ、死んだ、と。
 彼女の最後の記憶は、なんとなく気分が悪くなって横になったという物だった。

「ふふふ、よく来たな」
 突如として彼女の前に現れたのは、ジンジャーブレッドマンの様な、クッキーの様な物。
 それはかつて彼女が作った、よく分からないマスコットと同じ形をしていた。
「……確かに、転生するならおとぎの国がいいとは思ったけど」
「勘がいいのぅ」
「つまり、そういう事。いや、でも私の頭の中、真っ白にジンジャーマンだけじゃないんだけど」
「そう焦るでない、まあ付いて来るがいい」

 彼女が言われるまま歩いていくと、彼女の知らぬ間に景色は森の中になっていた。
「ちょっと待って居れ」
 不意にクッキーは足を止め、小さなログハウスに入っていく。そして、ハロウィンのランタンの様な目をしたカボチャと共に出てきた。勿論、胴体は彼女と同じくらいの大きさである。
「こっちにおいで、近道だよ」
 カボチャ男の先導で向かった先に有ったのは、彼女が何処かで見た様なお菓子の家。
 案内されるまま中に入ると、机や椅子だけでなく、冷蔵庫までもがお菓子を模したデザインだった。
「結構広いでしょ? 家具セット付で即日入居オッケーだよ」
「どうじゃ、此処に住む気にはならんか?」
 クッキーは無表情そうな顔に笑みを湛えて彼女を見上げた。
「え?」
「家が無ければ話になるまい、して、この家はどうじゃ?」
「んー……」
 彼女は困惑気味に辺りを見回す。実のところ、悪くないと考えていた。目の前にある物の全てが、現実に有るなら其処で暮らしたいと思っていた世界のその物なのだから。
「確かに、住みたい家ではあるけど」
「じゃ決まりだね。お代は二千万」
「よし買った」
「は?」
 カボチャ男は三角の目を明らかに笑わせ、クッキーは即決する。
 おそらくは彼らを生み出したはずの彼女を置き去りにして。
「ちょっと、二千万って」
「お代はいつでもいいからね。あ、足らずの家具は後で持ってきてあげるから、鍵はこれね」
 カボチャ男は彼女に可愛らしい鍵を渡すと、そのまま出て行った。

「あのさ」
「代金ならその内何とかなるわい。それより、階上に上がってみんか」
「ちょっと」
 クッキーは彼女を無視してロフト風の二階へと向かう。
 床はクッキー、壁はウエハース、階段にはアイシングの様な装飾付きで、窓枠は飴細工。
 一見ログハウスの様な色合いでも、質感が完全にお菓子な空間は、二階もそのままだった。
「おぉ、ティーカップもセットか、これはいい」
 ビスケットの様な天板の低い机には、ガラスのティーセットが置かれていた。
「布団も有るのぅ……どれ」
 クッキーはベッドに身を投げ出す。
「ふふふ、これはいい……おぬしも転がってみぃ」
 訝しみながらも、一抹の好奇心で彼女はベッドに座ってみる。綿菓子を詰め込んだ様な布団は、固くも柔らかくもなく、不思議な寝心地の様に思われた。
「凄い……これは起きたくなくなる……あ、でも枕が……」
 彼女はクッキーを見た。その悪い目論見を知らず、寝心地にご満悦のクッキーを。
「何をするーっ」
 彼女はクッキーを枕にしてみた。クッキーのはずなのに、寝心地は多少の綿を詰めたあのお手製マスコットの様に適度な弾力が有り、代用品というにはあまりにも適切過ぎる使い心地だった。
「あー……なんかもうどうでもよくなってきた、寝よ」

 不思議な寝心地の中、彼女は思い出す。散々に考えた結果、どうにもならなくなっていた日々の事を。
 考えに考え、何も解決しないまま終わったらしい人生の事を。
 そして、そんな事はいずれ忘れてしまいそうな世界に来たのだという事を。
 
 家の中には時計が無かった。
 彼女はいつか終わる世界を生きていたが、この世界が終わる様な気はしていなかった。それは終わりの無い永遠の罰かもしれないが、このぬるま湯の様な空気感なら、それすらも忘れてしまうだろうと考える。
 忘れてしまえばいい。
 浅い眠りの中、彼女は思った。考えすぎていた人生だったなら、考えなくていい人生こそが理想であり、元の世界を忘れたところで、考える必要が無いなら構わないし、このぬるま湯の様な世界であるなら、成り行き任せでもどうにかなるはずだ、と。

 窓の外に広がるのは、夕焼けとも朝焼けとも言えない薄明かり。
 この世界を作った主を置き去りにしたまま、世界の時計はその主を巻き込んで回り始めた。
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