第1話

文字数 4,988文字

 とつぜんの手紙ごめんなさい。ぼくはあなたの近所に住む小学生です。
 今回は理由があって手紙を書いています。読んでもらえたらうれしいです。
 山本さんは、こいのぼりは好きですか。ぼくは魚が空を泳いでいるように見えて、カッコいいから好きです。外国の中国ではコイが滝を上り切るとドラゴンになると言う神話もあるみたいです。山本さんは女の人だし、大人だからあまり関心がないかもしれません。
少し話が変わりますが、ぼくの家では何種類かのお手伝いがあります。その中でも、ぼくは洗たくのお手伝いに一生けん命です。理由は2つあります。
1つは服をたたむのが、図工の工作みたいで楽しいから。
2つ目はちょっと言いにくいけれど、これから書きます。だけど、先に言います。
 ぼくは山本さんのブラジャーを拾ってしまいました。
 ぼくは図工のじゅぎょうが一番好きです。図工があると、ずっとその時間が来るのを待っています。特にペットボトルで色んなものを作る図工のじゅぎょうは何を作ろうか、いつもワクワクして考えています。ぼくのとなりに座っている島川くんはペットボトルじょうろを作るらしいです。どうしてかと聞いてみると、「ジャックと豆の木」と言う本を読んで感動して、豆の木を育てたいと思ったからだと言いました。島川くんの話によると、主人公のジャックは育てて大きくなった豆の木を登って雲の上へたどり着くみたいです。島川くんは雲の上に行きたいようで、豆の木を育てることを決めたのです。雲の上には何があるのか。ジャックはその後どのような冒険をするのか。ぼくは気になって聞いてみたけれど、島川くんは豆の木が育ってから続きを読むのだと意固地になっています。
 ぼくはそんな話を聞いていると悩んできました。初めはペットボトルで野球バットを作って、休み時間に野球でもやりたいなと思っていたけれども、島川くんの話を聞いてもう少し何を作ろうか時間をかけて考えてみることにしました。もっと役に立つ何かを。
 5月にもなると、こどもの日がせまってきます。ぼくの家では小さなこいのぼりをベランダで泳がせます。ぼくの背丈と変わらないくらいのこいのぼりは大きな口を開けてぼくを飲み込んでしまいそうです。
 お母さんは、ぼくを呼ぶと「お手伝い頼んで良い?」と聞いてきました。そして、ぼくの手に百円玉をわたしてきました。とてもお金持ちになった気分です。
「今日はこいのぼりのお洗濯お願いしても良いかな?」
外は太陽がのぼって、良い天気です。こいのぼりをベランダに干すのにはもってこいの気候かもしれません。するとお母さんは、こう付け足しました。
「他のお洗濯ものを干さないといけないから、こいのぼりだけはコインランドリーで洗って乾かしてきて」
 ぼくの家から国道沿いに少し歩くとコインランドリーがあります。扉はいつも開いていて、洗たく機と乾そう機がたくさんあります。中には誰もいませんでした。すでに何台かの洗たく機は動いています。ぼくはこいのぼりを洗たく機に入れると、手順にならってボタンを押して、いすに座って待ちました。
 しばらくして、どこかの乾そう機から終わりの音が鳴ると、ちゅう車場に一台の車が停まって、女の人がコインランドリーに入ってきました。それが山本さんでした。ぼくよりもかなり年上で、大人に思えるのは、海の近くにある高校の制服を着ていたからかもしれません。その高校は、ぼくのお母さんが通っていた高校で、写真で見たことがあったので分かりました。けれども、山本さんのことは近所で初めて見ました。最近こちらに引っ越して来たのでしょうか?
山本さんは乾そう機から洗たく物を取り出すと大きなカゴに勢いよく入れ始めました。すると何かがカゴから何かが落ちました。山本さんはそれに気が付くことなく、洗たく物を入れ終えると車に戻ってしまいました。ぼくは声をかけるべきだったか迷ったけれども、勇気がなくて声が出ませんでした。車が発進した後、ぼくは落とし物に近づいて声をかけなかったことをとても後悔しました。
 なぜなら、それはブラジャーだったからです。
 ブラジャーには名前が書いてありました。そうです。それで山本さんの名前を知ったのです。ぼくは持ち主へブラジャーを届けるためにどうしようか悩んでいると、コインランドリーに誰かが入って来たので、慌ててこいのぼりに隠して持って帰ってきてしまいました。今思えば、どこかに置いておけば、落とし物に気付いた山本さんが取りに来たのかもしれないと思い、後悔しています。
 家に戻ると、ぼくは急いでブラジャーをタンスの奥にかくしました。これで絶対ばれません。けれど、とても悪いことをしている気分でした。
 こどもの日が終わって、5月の間は晴れの日が続きました。絶好の洗たく日和です。けれども、ぼくはうれしくありませんでした。早く雨が降ってくれないとコインランドリーへ行けないからです。ブラジャーを早くわたして楽になりたかったのです。だから6月の梅雨が始まった時、ぼくはたくさん洗たくのお手伝いをして、コインランドリーへ行きました。洗たく物と一緒にブラジャーを持って行きましたが、結局、山本さんはコインランドリーに一度も姿を現すことはなく梅雨は終わってしまいました。ブラジャーをわたす理由となる梅雨が過ぎ去ってしまったのです。
 島川くんの豆の木は順調に育っているようでした。図工の時間で作ったペットボトルじょうろはたいへん役に立っているみたいです。毎日水を吸ってどんどんと成長して、もうじき雲に届くとぼくに自まんしてきます。一方で、感心しきりのぼくは何を作るか、中々決まりません。頭の中はブラジャーのことで一杯なのです。そして悩み抜いた結果、ぼくは島川くんに相談することにしました。
「ブラジャーとはなんぞや」島川くんは、なかなか話の大切さを理解してくれませんでしたが「ショートケーキのケーキフィルムみたいなもの」と言ったら何となく理解してくれました。そして、島川くんは少しの間、難しい顔をすると何かひらめいたようです。
「じゃあ、ペットボトルロケットでも作って飛ばすのは?」
 ぼくはペットボトルロケットを作ることに決めました。山本さんの家までブラジャーを飛ばしてしまえば良いのです。こんなアイデアが浮かぶ島川くんはやはりさすがです。
 学校から帰ると島川くんと河原へ行きました。しかしロケット作成はそう上手くいきません。気圧や空気抵抗といった理科の時間で習ったことを活かしながら、何回もやり直しをしました。5本目のロケットが川につい落した時、今日は解散になりました。
 家に向かう道は真っ赤な夕日が照らしていて、とてもきれいです。自転車に乗っていると気持ちの良い風が服の間を通り抜けます。信号待ちをしていると、反対側の歩道に自転車が停まりました。信号が青になって通り過ぎると、夕日で逆光になっていた顔がはっきりと見えました。
なんと、山本さんだったのです。この幸運をのがすまいと、ぼくはこっそりと後をつけることにしました。
 後を着いて行くと、山本さんは、ぼくの家からそれほど遠くない場所に住んでいることが分かりました。家の場所が分かったので、あとはロケットを完成させるだけです。ぼくたちは急ピッチでロケット作成に取りかかりました。ロケット名はロケット・ブラジャー。
 次の日、再び河原に集まったぼくたちはロケット作りに打ち込みました。けれども上手くはいきません。小学生の知識だけでは難しいのでしょうか。
制作費用だったお小遣いとお手伝いで貯めたお金も底をつき、残るのは1本のロケットでした。ぼくたちは、河原で最後のロケットを打ち上げると、ロケットは高く上がるかのように空へ伸びて、すぐにくるくると旋回して川へつい落しました。
 ぼくたちのロケット作戦は失敗に終わったのです。
「ていうか、家の場所が分かっているなら、直接渡しにいけば良くない?」
河原にへたり込んでいる島川くんが言いました。
「そんな勇気ないよ。ぼくが持っているのはブラジャーだよ」
「言うべきことは言わないといかんとおもうけどな」
 島川くんが川に石を投げると何故かさびしい音がしました。川は夕日に照らされてきらきらと光っています。今日も洗たく日和だと思いました。
「豆の木は成長してる?」
「昨日、この町にある一番おおきな雲に到達したよ」
「すごいな。雲の上から見える景色はきれいなんだろうなあ」
「今週末に登ってみようと思う」
 次の日、島川くんに元気がありませんでした。理由を聞いてみると、「ジャックと豆の木」の続きを読んだと言うのです。島川くんは雲の上にいるとされる巨人におびえていました。
たしかに、ぼくたちが巨人に踏まれてしまったら、ひとたまりもありません。けれども、ぼくには考えがありました。
「週末、島川くんの家に行っても良い?」
「え、どうして?」
「ぼくも一緒に雲の上に行くよ」
「いいよ。来なくて」
それからどれだけ言っても「来なくていい」の一点張りで、そのうち「おれのこと疑ってるだろ」と怒り出してしまいました。ぼくは困ってしまって、島川くんに一つだけお願いをすることにしました。
「じゃあ、もし雲の上に行けたら、上からペットボトルじょうろで町に雨を降らせてよ」
雨さえ降ってしまえば、ぼくはコインランドリーへ行って、ブラジャーを山本さんにわたすきっかけが出来ると思ったのです。最近は、快晴つづきで雨はほとんど降っていません。
洗たく物が外に干せない日々が恋しい。
島川くんは「出来たらね」と言って静かになってしまいました。ぼくは島川くんを信じて週末を待つことにしました。
 土曜日の朝、外は雲一つない良い天気でした。どうやら、島川くんは日曜日に雲へ行くみたいです。ぼくは洗たく物を干しながら「明日は雨が降りますように」と祈りました。けれども、ぼくは日曜日もまぶしい朝の日差しで目が覚めて、その後は一日中、雨を信じて待っていましたが、ついに雨は降ることなく月曜日をむかえてしまいました。。
 学校へ行くと島川くんはお休みしていました。どうやらかぜを引いたらしいのです。雲の上に行ったからでしょうか?雲の上はとても寒いと聞きます。ぼくは心配になって島川くんが住むマンションへお見舞いに行くことにしました。
 扉の横には傘が立てかけてありました。傘には水気が無く、長い間使われていないように見えます。ベルを鳴らすと島川くんのお母さんが出てきました。ぼくがお見舞いに来たことを伝えると「ちょっと待ってね」と言って家の中に入っていきました。マンションから外を見るといつもより雲が近くに見えました。確かにこの場所からだと雲へ行けるのかもしれません。そんなことを思いながら待っていると、扉が半分空きました。
「怒ってるんでしょ?」
島川くんはなぜかそんなことを言いました。
「どうして?」
「おれが嘘をついたから」
話を聞くと豆の木は雲へ伸びるどころか芽が出てから三日で枯れてしまったようです。ずっと嘘を付いていて、後に引けなくなったのでした。それを打ち明けた島川くんは扉の後ろで泣いていました。
「ごめんなさい」
ぼくはどうしてか腹が立ちませんでした。その代りに、ロケットを打ち上げた日に言われたことを思い出しました。
【言うべきことは言わないといかんとおもうけどな】
嘘をついていたのは良くないことですが、考え方に嘘がないぼくの友達は立派な人だと思いました。島川くんは「ごめんなさい」が言える強い人なのです。
コイから進化したドラゴンがマンションの外を泳いでいる気がしました。
ぼくは明日の予定表を島川くんにわたすと「また明日!」と言って、走って家に帰りました。ぼくも負けられていません。
 長々と書いてしまいましたが、ぼくは山本さんに言うことがあります。今週末、この町に雨が降るようです。ぼくはその日、こどもの日に使ったこいのぼりの洗たくをするために、コインランドリーへ行きます。そこでちゃんと伝えたいのです。
 ブラジャーを家で無くしてしまったこと。
 お母さんにばれてしまったこと。
 死にたくなったこと。
 
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