第1話

文字数 1,814文字

 どどどどどどっどっかーんーー
(おいっ、何事だー!)
 ダイゴは抱き枕を放り投げて飛び起きた。
いまだかつてないほどの揺れを体験し、寝静まった夜中に思わず窓を開けて外を見た。目をこすりながらスマホを確認すると、まだ夜中の二時だ。

(おいおいかんべんくれよー、まだ一時間しか寝てないじゃん……)

 それにしても静かだ。辺りは何事もなかったかのように静まり返っている。

(えっ、あの揺れで誰も騒がない……って、日本国民はどうかしてるぞ、世間に興味なさすぎだろ)
 Jアラートは出ていない。ミサイル攻撃ではなさそうだ。

 ダイゴはさっきまで、大学の友人と隣駅の居酒屋で飲んでいた。終電がなくなり、一駅だからと、一人で歩いて帰宅した……というところまでは、僅かな記憶がある。
 さて、そのあとは……ベッドに寝ていたーーということは、少なくともアパートの鍵を開け、そのまま着替えずに寝た……ということらしい。

 ダイゴは電柱の、今にも消えそうな僅かな灯りを頼りにサンダルをひっかけて外に出てみた。

 アパートの隣は空き地で、近い将来、マンションが建つ予定だとかで測量会社が出入りしていたことは知っていたが、昼間は敷地には何も置かれていなかったはずだが……今は何かある……

(なんだあれは?)

 目の前には隣の二階建てのアパートよりはるかに大きい黒い球体が置かれていた。

(どこからやってきた?)

 ダイゴは懐中電灯を持ってこなかったことを後悔したが、自宅に戻る気はしなかったので、とりあえず、球体の周りを一周してみようと敷地へ足を踏み入れた。
 球体は、ガチャガチャのカプセルみたいに上と下が合体しているように見えた。
 球体の接続部分には隙間があり、近づいてよく見ると、平仮名で[ぼたん]と書かれていた。
(ぼたん?)

 人は、ぼたんと書かれていると押してみたくなるものだとダイゴはその時気づいた。

(とりあえず押してみるか)

 すると、ぼたん自体がゲルのように柔らかくて指がすぅーっと吸い込まれてしまった。

(おい、おい、なんだよー、何すんだよー)
 
 抵抗も虚しく、ダイゴは謎の球体の中へ体ごと吸い込まれていった。

 球体な中は薄暗く、たくさんの大きな観葉植物で埋め尽くされていて、人間が一人やっと通れるほどの隙間しかなかった。
(これはいわゆる、迷路ってやつだよな)

 その迷路と思われる隙間道を進むと何やら広場と思われる場所に出た。

(なんなんだ、ここは……俺はどこにいるんだ?)

 そんなことを考えているとダイゴの目の前を若い女性が通り過ぎた。髪が長くてスカートを履いていたので女性と思い、
「あのー、すみません」と話しかけると、振り向いた顔は男性で口を尖らせてタコみたいな表情をしていた。よく見ると、鼻と口の間に煙草を挟んでいた。
(えっ?)と一瞬、身を引いた隙に、その人は行ってしまった。
 それから広場の反対側に観葉植物がたくさん並んでいるのが見え、隙間の道が見えたのでダイゴは迷わずそこへ向かって歩き出した。
 
 するとどこからともなく、人々が現れ、ある女性がダイゴに煙草を差し出して通り過ぎていった。周りを見渡すと全員が煙草を鼻の下に挟んで、手をタコのように揺らしながらスキップしていた。
 人はみんなと同じ行動をしないと不安になるものだと気づいた。
 ダイゴは煙草を鼻の下に挟み口をタコにし手を揺らしスキップしながら迷路の方へ進んだ。

 近くまで来てみると、やはり、人が一人通れるほどの隙間があり、今度は自信をもってその道を進んだ。
 人は学習するものだ。

 しばらく進むと、球体の反対側に着いたようで行き止まりとなった。壁にまたしても隙間があり、覗くと、今度は二つのぼたんがあった。
[つづく]と[おわり]だ。

 ダイゴは考えた。

 普通の人間なら、この悪夢から抜け出したいから[おわり]を押すよな。 
 でもな……

 ここまで悪夢をみると人は次を期待してしまう生き物だということにダイゴは気づいた。

(何を迷っているんだ……)ダイゴは自問した。
(俺には今日、彼女と会うという大事な約束がある。早く寝たいんだ。不細工な自分で彼女に会いたくないからな)

 ダイゴは[おわり]のぼたんを押した。

 携帯のアラームが鳴った。
 時計は九時を指していた。

(ヤバい、遅刻だ)

 携帯のアラームを止めようと手を伸ばしたとき、指先に違和感を覚えた。
(なんだこれは?……ゲル?……)
 そして微かに煙草の匂いが残っていた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み