粘着野郎撃退方法

文字数 2,774文字

「見えて来ましたよ。あれが天国への門です……」
 どうやら、私は死んでしまったらしい。だが、疑問が1つ有る。
 私にそう説明しているのは……。
「ちょっと待ってくれ。何で悪魔が『天国への門』にまで付いて来てる?」
「貴方が非常に重い罪を犯したせいで天国から門前払いを喰らうのが確実だからですよ。ええ、私も同じ罪を犯したので……後で、上役の悪魔達によって査問にかけられます」
「何だ、私がやらかした重い罪って? それに、何で、罪を犯した悪魔が、他の悪魔から吊るし上げを食らうんだ? 悪魔とは悪事をやるモノだろ?」
「この『罪』や『悪事』は別ですよ。私と貴方は、人間であれ、悪魔であれ、絶対に許されない罪を犯したんですよ」
「だから何の罪だ?」
「それが判らない事そのものが貴方の罪で、私の罪は、そんな貴方の願いを叶えた事ですよ」
「はぁ?」
「だから、私と貴方の両方が犯した罪は……」

「だから、SNSで私の大事な人に粘着してるヤツを何とかしてくれと言ってるんだよ。何度言えば理解してくれるんだ?」
 その「悪魔」は、SNS上で「悪魔との取引:お試し版。1回目だけの願いなら魂は不要です」と云う謎のプロモーションを、うっかりクリックしたと同時に姿を現わした。
 1回だけならリスクなしに願いを叶える事が出来る。もっとも、例えば「この条件に該当する者を皆殺しにしろ」と云う願いを叶えた結果、殺すべき人間の条件に願いをした本人も該当してる上に、当の本人が、それに気付いていない場合は……自己責任だ。そして、数十万単位の人間が死ぬような大災害が起きたり、善かれ悪かれ社会に重大な変化を引き起しかねない願いについては、上司の承認が必要になる。……そう説明されて、試しにやってみるかと云う気になったのだが……。
「SNSが何かも判ります。粘着と云う概念も理解出来ます。しかし……『貴方の大事な方にSNSで粘着してるヤツ』の範囲が判りません」
「訳が判らないのは、こっちだよ。一体全体、何が判らないんだ?」
「その粘着野郎は特定の1名ですか? 不特定多数ですか?」
「あ……ああ、そこからか……?」
「いや、貴方の国の言語では、名詞の単数形・複数形の区別が曖昧ですので……」
「それも良く判らないんだよ。少数だとは思うんだけど、1人で複数アカウントを使ってる者が多いようなので……」
「では『何とかする』相手は『貴方の大事な方にSNS上で粘着している相手』かつ『1人で複数アカウントを使ってる者』でよろしいですか?」
 OKだ、と言おうとした時、悪魔の表情 (文字通り悪魔にしか見えない顔に浮かんだ表情の意味を読み取れる、と云うのも変な話だが) から、ある事に気付いた。
「あのさ……まさか……私が思っているよりも複数アカウントを使って粘着してる奴は少ないの?」
 悪魔は首を縦に振った。
「まさか、アカウント停止になっても、別アカで復活して、再度、粘着するヤツも私が思っているよりも遥かに少ないの?」
 悪魔は再び首を縦に振る。
「じゃあ、組織的な犯行?」
「今、貴方が使った『組織的な犯行』と云う言葉に対して、貴方自身が抱いているイメージが漠然とし過ぎている為、返答いたしかねます」
「じゃあ……その……」
「では、こう云うのは、どうでしょうか? 貴方の大事な方が見たら、その方への誹謗中傷だと思うような書き込みをn回以上した人物を……殺してしまうと云うのは? nには、貴方が好きな数字を入れて下さい」
 殺すとは穏やかでは無いが……しかし……。
「判った。()()()()()()()()が見れば、御自分への限度を超えた誹謗中傷だと思うようなSNS上の書き込みを100回以上やった奴ら全員を殺してくれ」
「では、最終確認です。貴方がYesと言えば、貴方が今言った願いを叶える。この願いを叶えても、貴方は魂を売渡した事にならない。ただし、次の願いからは貴方の魂をいただく。『最初の願いを取り消せ』も『次の願い』に含め魂をいただく。死ぬまで『次の願い』をしなければ、その後の貴方の魂は、我々『悪魔』業界の敵である『神』の裁量に任されるが、貴方は死ぬまで私以外の悪魔との取引は出来なくなる。これで問題……」
 その時、何故か、どこからともなく携帯電話の通知音が鳴った。
「あ……はい……。えっ? ああ、そうですか?」
 悪魔は若い女の子が持ってても違和感の無いデコレーションがされた携帯電話を取り出して、誰かと会話を始め……。
「すいません。上司の承認を得られませんでした。今の願いを叶える事は出来ません」
「待ってくれ。どう云う事だ?」
「悪魔にも職業倫理が有りますので……ここまで殺すべき人間の数が多いと……ちょっとね……」
「何を言ってるんだ? お前は悪魔だろ? 悪魔に倫理って意味が判んないよ」
「判りました……。ちょっと待って下さい」
 そう言って悪魔は電話をかけ直した。
「はい……再検討をお願いします。ええ、責任は全て私が取ります。この顧客は確実に2度目の願いをすると思いますので……ああ、そうですか。お手間を取らせました」
 そして、悪魔は私の方を見て……。
「では、貴方の願いを叶えます。最終確認です。叶えて良いかをYes/Noが明確に判る形で宣言して下さい」
「Yesだ」
 次の瞬間、何故か、外から変な音が響いた……。
 何かの衝突音。
 車が急停止するような音。
 人の悲鳴。
 それらがいくつも……。

「な……何だ……これは?」
 外に出てみると……マンションの近くの幹線道路で車の多重衝突が起きていた。
 それも……少なく見積っても2〜30台の……。
「そりゃ……貴方の願いの条件に該当する人が、まぁ、結構な数は居たからですよ……過半数には程遠いにせよね。そりゃ、その中に、たまたま車を運転してる最中に死んだ人も居るでしょうね」
「ま……待て……。こんな事が起きてるのは……ここだけだよな……」
「いえ……この国のあらゆる場所で似たような事が起きてます」
「おい、この国は……どうなるんだ、一体?」
「さあ? 少なくとも、この国の人口は、今後、社会の維持に支障が出るまでに減少してますので」
「……お……おい……」
「どうします? 2つ目の願いとして、1つ目の願いを取り消しますか?」
「いや、ちょっと待ってくれ」
「まぁ、決断が少々遅れても……」
「違う。何だ、この臭いは?」
「えっ?」
 足下を見ると、事故を起こした車から流れ出たガソリンらしき液体が……そして……。

 そして、焼け死んだ私は……天国への門とやらの前まで来たが……。
「えっ?」
 門は急に閉じた……。
「あれが、貴方と私の罪ですよ。人間界で……どんな『悪』も及びも付かぬほど多くの悲劇の原因になった『罪』です」
 悪魔が指差したのは……門に貼り付けられていた一枚の紙。
 そこには、こう書かれていた。
『馬鹿は立入禁止』
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