第1話

文字数 4,116文字

あの頃の様子を思い出してみた

あれは私が28の時だった

どうしてもハワイに行きたくてお金を貯めるため、週5勤務で派遣の仕事をし、
土日は洋服倉庫でのアルバイトしていたとき、モデルさんのアシスタントを初めて任された

モデルさんは時間になったら到着をし、ヘアメイクを整え颯爽と何枚もの洋服を
着こなしポーズをとっていく

ヨーロッパの出身なのだろうと勝手に判断しながらやはり向こうの方のお顔立ちというのに
見惚れるほど美しいその容姿やスタイルは羨ましい

彼女は日本語は話せなかったが、何かシンパシーを感じるものがあり、
私はそのモデルさんの着替え終えた洋服を戻して新しい洋服の着替えを渡すといった、
単純な仕事を任された

だが、時間は長くずっと立っているのも疲れるだろうし
時には機嫌を損ねて怒り出してくる人もいた

でもその方だけはどこか聡明な感じで私に一つ一つ丁寧に「Thankyou」と言ってくれるのだ

ただのアシスタントであるのに対し、そのような対応をされているのがなんとも嬉しくて
すごく鮮明に覚えている

彼女は本当に素敵なパフォーマンスでカメラの前に立っているだ

素敵な記憶があり、その方がどんな人物かに興味を持っていたのだが英語が喋れない私は
何も言うことができなかった

そうして撮影は着々と終え帰っていった

英語が喋れない日本人にとってはとても不利であり、たくさんの方とコミュニケーションを
とってみたいと思った私はその頃から英語の勉強をすることを決心し、
派遣会社で開催されている英語レッスンがあったので、その教室に通うことにしたのだ

その時に出会った先生からの助言で、英語はすごく単純なもので何回も繰り返しして失敗することで覚えていくようになるのだそうだ(人は失敗をしないと覚えないから)

特に日本語は平坦で強弱のつけない言語だけど、英語は発する言葉と発しない言葉があるように強弱をつけて使う言葉である

大阪弁の強弱もそれと似ていて海外の音楽がカッコよく聞こえてくるのはそのためだそう

「ともみ歌ってごらん、マネをして何度も挑戦して」

「本当は英語が得意なはずだよ」と言う言葉をいただいた

彼女はイギリス英語を喋っていたが、とにかく聞きやすくて日本人にとってはありがたいことだった

耳に残りやすいし、日本人が喋る英語もイギリス英語に似ている

少しでも苦手意識があると、後ろのめりになってしまい喋ることを忘れてしまうそうだが
楽しい気持ちでいることは大事で吸収力が違うことだ

ハワイなら英語と日本語が通じる島国だし、体に慣れさせるのは一番いい場所で1人で行っても問題ないかなと思って計画していた

だが急遽事情が変わって派遣を退職することになり、無制限の休暇だったためにせっかくだからヨーロッパへ行こう、行くなら行きたかった場所がいいな、それならマルタだな、
と出発から残り1ヶ月切っていたが、怒涛の計画でなんとか手配ができたのだ

急に物事が終了してしまった時には、絶望で何より日本から遠ざかることを最優先にさせた

その3ヶ月後にイタリアの南半島に位置する地中海マルタ島へ留学に行くと決める

3ヶ月で何を習ったわけでもないカタコトの英語でローマ経由で行くのだが、イタリアは英語を
喋らなない区域でイタリア語だ

そこまでの考えがなかった私で、イタリア語は喋れなかったし1人で焦ってヒヤヒヤものだった

お金を騙されそうになり強く私は「NO!」という

それしか言えないけれどなんとか自力でホテルに着くことができたのだ

そこでやっと着いて4日間ローマに滞在して、再びローマのフィウミチーノ空港へ行って
マルタ島へ

ローマで滞在した理由は、日本からマルタへの直通便がなく一回ローマで
降りなければならなかった

ヨーロッパに行くにはフライト代が結構するもので、なかなか行けない場所だ

遠い日本から遥々行くのだし、せっかくの機会に観光していこう、ということでそこで滞在することにする

私の夢の一つでもある世界各国に存在する世界遺産をこの目で見てみたい願望があったので、
電車に乗っては遺産巡りに集中した

もちろん日本人などどこにもいないし、
彫りの深い人たちに囲まれた私ポツンと言う具合に少し寂しい気持ちがあった

日本人がいないだけでこんなにも心細くなったのは初めてだったし
未知な世界に宇宙人がやってきた感覚だった

ホテルに滞在している時、とても親切にしてくれたホテルマンがお水をいただいたにも関わらず

「料金は支払わなくてもいい」

とお優しい言葉をかけてくれた

人柄の良さはどこに行っても存在していて、人の温かみが緊張感をほぐしてくれた

なんとも愉快で楽しい一人旅だったけど、マルタ島では日本人留学生がゴロゴロいて
助けてもらったのもありがたいが、日本人がいるとどうしても日本人同士の会話で留まってしまい、英語の勉強はとても上達したとは言えず、観光してそのままローマにまた戻って
日本の成田空港に到着する

とまぁ留学するとなれば一大決心だが、中身はあまり学びになったとは言えず、
その時に出会った人に言われた一言が

「英語を勉強するのは日本でもできる、ここでするのは観光の方」と日本人観光客が言う

見渡す限りの青い空と海と古き良き外壁がこんにちはをしてくれているのだから、
勉強する時間がもったいないというものだった

マンツーマンではなく先生が1人いて、そこに少人数制で構成されている日本人たちとブラジルの子たちが生徒でおり、レベルによっても教室が違うものとなっていた

海外の子たちに圧倒されるほど、ものすごい勢いで喋り出すから日本人が話す隙など
与えてくれないし、そうした中でもやはり日本人の勢いの弱さを感じてしまい、
私はなんのためにここへきたんだろうと考えた

結局何も身にならないまま2週間が過ぎて、最後の日手配していたドライバーの車で
空港へと向かう

そのドライバーのおじさまが話してくれたことを今でも覚えている

「見ろ、この車、日本のマツダという車種なんだ、ハンドルが右だろ?」

私はなんの疑問もなくその車に乗せてもらったのだが、そういえばそうだという感じで
思い出した

なんでもマルタ島へ留学にくる日本人は多くて、夏のバカンスになればヨーロッパから留学してくる子も多いのだそうだ

しかし、なんとも素敵で車は清潔に保たれて少し上品な方だった

そこで流れていた音楽も私の好みで、この人とはきっと気が合うだろうと勝手に思っていた

「英語を話したければもっと喋って喋って喋って喋るんだ!これから帰るかもしれないけど
またマルタへ戻ってこい、そしたら私の家で練習すればいい」
とお優しい言葉をかけてくれた

心に染みる言葉だったし、感動したのを覚えている

ああ、この人は絶対にいい人だと、
それからさよならを告げて空港へ向かった私だった

マルタの人はみんながみんなそうというわけではなかったけれど、フレンドリーで愛想がよく
気さくになんでも話してくれる

スーパーで並んでいる時も話しかけられたのは、日本では想像できない光景だろう

マルタからローマに着き、関税を通り抜ける時ものすごい人の数が並んでいることを想定せずに
行ったもんだからかなり出発時間がギリギリになって走った記憶がある

パスポートを提示しているときには、おじさまが食事をしながらこちらをチェックしている

「隣の男と一緒に来たのか?」

その問い対して私が「いいえ、私1人で来ました」と答えたら、

「君はいい旅をしたね」と言うのだ

そんな言葉を掛けられることってあるのかわからないのだが、勉強して身にならなかったけれども、本当に旅をしてよかったと心から思えた瞬間だった

旅をすることの本当の意味がわかった気がした

そうしてルンルンで日本へ帰るのだ

成田空港へ到着するとでかでかと迎えてくれる「おかえりなさい」と言う言葉の横断幕に
やっと一安心して日本に着けた安堵か一気に疲れてしまった

みんなが体験しているかわからないのだが、2週間以上日本を離れて暮らしていると
当然日本語から離れた言語をずっと耳で聞いているからか、日本に帰ってきてもしばらく日本人が話している言葉が、日本語だと認識できなくなっていた

「あれ?今あの人英語喋ってる?」という錯覚が起こり、日本語に聞こえないのである
それが不思議すぎて、奇妙だった

となると、外国語ベースで耳していることがやがて主流になって英語が喋れるように
なるのでは?と思えたし英語脳を持つとはこういうことなのだろう

それに英語でコミュニケーションを取らない日本人にとっては不慣れなもので、ベースになっていない現状英語を話すことができるようになるのは、まず難しいと言える

今まで疎かにしていた部分が浮き彫りになり、日本語で生活していくのは極めて難しいと言えるだろうし喋る努力を設けることは、一つの手段であり目的ではない

私は過去に英語が喋れないがために海外圏の方と
コミュニケーション取れなかった苦い記憶があり、そうしたツールを学びたいと思った
一つのきっかけだった

確かにお金がなくても学ぼうと思えば学べるし、やる気次第でなんとでもなる

そうして時は2021年となり、英語の必要性がまたここでも出てきているのは
経済的な懸念からなのだろう

私にとっても自分にいつも厳しいわけではなく、
少し英語から遠ざかっていたのも事実であるから再度英語を意識してみようと試みる

日本で充実した英会話というものが存在しているのは、こうした懸念によるものからあり
いずれ関わっていくことが最大の鍵になっていくに違いないと改めて今思うのだ

私自身が目標にしているのは、今日本語を話しているか英語を話しているかその境目がわからないぐらい勝手に言葉が出てくるようにしたいし、早くコミュニケーションを確立させることは自分のやりたいことの幅がもっと広がるだろうと思っている

そうしなければならないと思ったし、日本に頼ることは恐らく
もう不可能なんだろうと危機感を感じる

だから自分にはもっと力が必要で、私も努力は必要だし誰かにとっても努力は必要だ

力がなければ自分で自分の身を滅ぼしかねないからだ

またいつかこの問題が解決したときには、マルタへ遊びに行こうと思っている

世界と繋がることを未だに諦めてはいない

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