第3話 標準的な方法

文字数 2,406文字

 さて、金を手に入れて工具プレゼントから逃げたバカどもは、本格的に姿をくらませる前の逃げ場として、このホテルを選んだ。これからの予定が決まるまで、ちょろまかした金で豪華なホテル暮らしを満喫するだろう。
 ただやはり外に出るのは怖いらしく、部屋に閉じこもったままホテルの各サービスを利用して生活している。
 なかなか羨ましいが、金は元の持ち主に返してもらわなくてはならない。

 こうした相手に返却と反省を求めるには、多人数で押し掛けるのがセオリーだ。
 しかし、高級ホテル様のスイートでそんな事をやらかせば、一発で警察を呼ばれてしまう。泥棒からしてみれば、相手が警察にしょっ引かれるまで、頑丈で居心地のいい部屋に閉じこもっていればよくなる。故に、正面突破はできない。
 何人かで分散して来訪し、部屋の前で現地集合という手もあるのだが、剣呑な雰囲気の連中が何人もやって来る時点で誰かが気付く。ホテルのボーイやフロントにチップをはずんでおけば、やってきたのがすぐに分かってしまう。
 一人なら気付かれないが、相手が6人もいるのが問題になる。
 一人だけで乗り込んで反省と返却を求めたところで、返り討ちにあう可能性が高い。もしかしたら、ボディガードを雇っているかもしれない。

 そこで私に白羽の矢が立った。気付かれずに静かに接近し、一か所に5、6人固まっていたところで大騒ぎせずにサクッと仕事をこなし、跡も残さずさっさと消える事が出来る人間。それが私というわけだ。
 この業界には様々な人間がおり、それぞれにやり方がある。
 ライフルで数百m離れた所から仕事をこなす者や、爆弾に仕事を任せる者、いつの間にか相手を事故に遭わせたり病気にさせたりする者、色々といる。
 私の場合は至ってシンプルで、近付く、撃つ、立ち去る、という方法をとっている。
 仕事をするときは、まず相手の事を調べ、良いタイミングと場所を事前に把握する。他の人が邪魔にならない、ミスしない、誰にも気づかれない、退路がある、その他もろもろの良い条件を見つけ出す。

 そして、自分の身だしなみを整える。不審に思われない、相手が警戒しない、誰の気にもとまらない、ありきたりで目立たないファッション。場合によっては、すぐ着がえられるように工夫する。
 服だけでなく、顔にも手を加える。かつらで髪の色や髪形を変え、メガネやサングラスをかける。口の中に綿を含んで頬の形を変え、テープを貼って目鼻立ちに細工を施し、ファンデーションでテープを隠すとともに肌の色を変える。必要ならカラーコンタクトを入れて目の色も変え、メイクで皺や染みをこしらえて年齢も偽装する。
 誰かが見たとしても、それは私の本来の姿とは全く異なる架空の人間ということだ。

 実行するときは、普通に歩いて近付くか、車で横づけするか、ノックなしでドアを開けるかする。
 そして、あいさつの代わりに、体の中心部に鉛玉を2~3発プレゼントする。倒れたところに追加で頭に2発。
 相手が複数だと、胴体が先で、頭は後で順番に。時間が無い時は、最初から頭に2発ずつ。
 それが完了すると、誰かが気付く前にさっさと帰って道具を捨てる。
 相手はこの世から去り、依頼主は望みを果たす。そして、私は報酬を受け取り、生活の足しにする。
 万が一、警察が依頼主に嫌疑をかけても、やったのは彼らではないという事実がある。実行者である私の事を探り出す事は出来ない。誰も見ていない、見ていたとしても追いかけられない、証拠はない。
 第三者が私のやったことを知る事はなく、全てはうやむやになる。

 仕事に使う道具としては、アメリカ製の.22口径の競技用拳銃が気に入っている。
 半世紀以上前に競技用として販売開始されてヒットし、現代に至るまで改良されながら製造され続けている人気製品の一つだ。安くて、堅牢で、命中精度もいい。
 それに加えて、小口径なので発射音も小さく、消音器との相性が非常に良いという利点がある。威力もそれなりで、急所に命中すれば、ほぼ確実に標的をあの世行きにすることができる。
 冷戦時代にはCIAの工作員向けに、銃身に消音器を取り付けた物が支給されていたと言う。私の仕事にも非常に都合が良い。
 音がすることにそれほど神経質にならなくてもよい時は.38口径のリボルバーを使う。これも安くて堅牢という点がメリットだ。
 消音器がつけられない代わりに、競技銃よりも手に入れやすく、処分もしやすい。
 両方とも、適度に隠し持ちやすく、性能が過剰でも過不足でもない。そして、金と伝手さえあれば、仕事のたびに入手・処分しても大丈夫という利点がある。
 広く使われている種類の銃と弾薬なので、使用するたびに完全に処分してしまえば、警察も使用者である私の事を追跡できない。

 後で鉛玉プレゼントが不十分だと分かって依頼主からクレームが来ると困るので、弾丸はホローポイント弾を使うことにしている。先端がくぼんで穴が開いている弾丸で、着弾すると中でマッシュルームの様に潰れて、命中した場所の中身と傷口をズダズダにする。胸や頭に命中すれば、普通は助からない。
 これで足りないと言うならば、ショットガンで散弾を9発同時に差し上げるしかないだろう。頭を撃てば首から上を完全に消し飛ばすことが出来るが、そんな品のない代物を使うのは私の流儀ではない。
 幸いなことに、ショットガンで二度目の鉛玉配達をする必要に陥った事は、今まで一度もない。

 こうした仕事を確実にこなせる私の技量はそれなりに高く評価されており、仕事のたびにそれなりの報酬を受け取ることが出来ている。
 非常に月並ではあるが、狙った獲物は確実に云々かんぬんという、あれである。ミスはした事はないし、警察のお世話になった事もない。雇い主にも迷惑をかけた事もない。
 残念ながら、無関係な人間に一切危害を加えた事が無いとは言い難い。特に今回は。
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