第1話 ハナ

文字数 2,581文字

 初めまして、皆様。私は、ハナと申します。当年、45歳になります。

 私はこれまで、そして今も、ずっと幸せに暮らせております。この度は夫を含め、私の周りの方々への感謝の意味を込めて、私のこれまでのことについて、少しお話をさせていただこうと思っています。

 私は、とある地方の村に生まれました。子供の頃には両親がおりましたが、山での落石事故で亡くなりました。私は、家で留守番をしていたので、事故に遭わずにすんだのです。

 両親には、兄弟筋の親戚もいたのですが、私をどの家が引き取るかというお話になった時、どの家も私の面倒を見るほどの余裕はない、と断ったそうです。無理もありません、少なくとも当時、一つ一つのお家は、まだまだ貧しかったのです。そんな私を奉公人として雇ってくださったのは、村で一番の商家だったお家でした。村でそのお家より大きなお家は、村長さんのお家くらいでした。そのお家には、小さな男のお子さんがいらっしゃいました。

 そのお家のご夫婦は、とてもやさしい方々で、両親が亡くなったばかりの私を気遣い、色々と世話を焼いてくださいました。
 奉公人として雇われるということだったのですが、そのご夫婦は、私に対してはっきり奉公と言う言葉を使わず、家の家事を助けて欲しい、慣れてきたらお(たな)の仕事も手伝ってくれるとありがたい、何、無理のない範囲で、できることをやってくれればよい、何も心配はいらないのだよ、と仰ってくださいました。私は、なんと一人部屋までいただいて、このご夫婦のお家で生活することになったのです。

 両親の生前、私は村立の学校に通っておりましたが、お手伝いとして働くことになったとき、もう学校に行くことはできないだろうと、諦めておりました。しかし、学校に行かずに家事を手伝おうとする私を見て、奥様は不思議そうな顔をなさり、お前はなぜ学校にいかないのだ、まだ卒業をしてはいないだろう、と仰いました。

 私が、働かないといけませんから、と申し上げたところ、奥様は静かに首を振って、お前には学校へ行くことが必要なのだ、手伝いは、学校へいく合間にでもやってくれれば充分なのだよ、と仰ってくださったのです。当時、村の子供でも皆が皆、学校に行っていたわけではありませんでしたが、奥様は子供が教育を受けることについて、深い関心を持っておいでのようでした。

 それと恐らく、お家もお(たな)も、元々ご夫婦だけで切り盛りできていたのです。それを、引き取り手のいない私を哀れに思ってくださり、引き取って面倒を見る口実として、奉公人という形としただけなのだろうと思います。
 私には、学校で仲良くしている女の子がいましたので、その子とまた勉強ができるとわかって、とても嬉しく思ったことを覚えています。

 そういった成り行きで、私が学校を卒業するまでの間は、学校へ通わせていただきながら、合間にお家のお手伝いをするという生活をしておりました。学校には、坊ちゃんと一緒に通っておりましたが、坊ちゃんはとても利発なお子でいらっしゃいました。

 学校では、様々なことを学びました。先生は、年配の女性の方で、教育熱心な方でした。学校の運用費も、けして多くなかったと思うのですが、教科書や筆記用具なども、きちんと生徒の数だけ揃え、何冊か、教室に教科書以外の本も置くようにもなさっていました。私と友達の女の子、さっちゃんは夢中になって本を読みました。さっちゃんは、サチと言う子ですが、みんなからさっちゃんと呼ばれていました。先生は、私とさっちゃんが、その中にあった本、赤毛のアンに登場するアンとダイアナのようだと、にこにこしながら仰っておられました。

 やがて、私とさっちゃんが学校を卒業するころ、さっちゃんは、高等学校に進学するため、町で暮らす親戚の家に身を寄せることになりました。さっちゃんは、村長さんのお家の子でしたので、町に親戚がいると聞いても驚きませんでしたが、お兄さんの浩一さんが、外国に留学することになったと聞いた時には、さすがに驚きました。

 本で読んだことはあっても、身近なお話として外国のことを聞いたのは、その時が初めてでした。何でも、随分お父様から反対されたそうですが、お兄さんが押し切って決めてしまったそうです。村では、中々見目の良い男性として評判だった浩一さんですが、そんな頑固な一面があったとはと、村中が驚いていたようです。

 私は、学校を卒業して、ようやくお(たな)で働くことができると、少し嬉しく思っておりました。お世話になりっぱなしのご夫婦に、ご恩返しがしたかったのです。さっちゃんは、私と離れ離れになることをとても寂しがりました。私もさっちゃんと同じようにとても寂しかったのですが、頑張って笑顔でさっちゃんを送りだしました。

 そうして、私はお(たな)でも働き始めたのですが、読み書き、算術そろばんなど、学校で学んだことは、お(たな)で働くことにとても役に立ちました。

 その頃くらいからでしょうか。この家の坊ちゃんが、私に様々ないたずらをしてくるようになりました。私の着替えにかえるを忍ばせておいたり、私のそばにねずみを放してみたり……。一緒に学校に通っていたころは、そのようなこともなかったように思います。他にご兄弟もいらっしゃらなかったので、お寂しかったのかもしれません。私も、自分に弟がいればこのくらいだろうかと、坊ちゃんを可愛くも思っていたのですが、利発でいらっしゃるだけに、それはもう、工夫を凝らした様々ないたずらには、中々に閉口いたしました……。

 一度、ご夫婦に、私は坊ちゃんに嫌われてしまったようだと、ご相談申し上げたことがありました。そうしましたら、ご夫婦は、お笑いになりながら、そんなことはない、あの子はきっと、お前のことを好いているが、どうしたらよいかわからなくなっているだけなのだ、だから、今はそのまま、あの子の好きなようにさせてやってはくれまいか、何、ゆきすぎるようなら、遠慮なく叱ってやって構わない、私たちも気を付けるようにするから、と。

 どうも私には、男の子のことは難しくてよくわかりませんが、ご夫婦がそう仰るならと、坊ちゃんのいたずらを見守るようにしておりました。ただ、ねずみだけはどうかやめていただきたいと、切に思っておりました……。

to be continued...
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