第3話 うぬぼれ

文字数 1,128文字

小学校の頃、私は大地よりも背が高かった。私の家は木造で、部屋の柱には身長を測った傷あとが今でも残っている。私と大地の二人。中学に入ると大地は肩幅が広くなり声変わりもした。男の子なんだと気づかされた。
私が走るきっかけを与えてくれたのは大地だった。
小学六年の時に運動会で50m走をした時に私の写真をくれた。あの時、私はビリだった。
ふがいない自分が情けなかったので、親にも大地にも笑ってごまかそうとした。
だけど、大地は良い表情をしてたよと言って渡してくれた。写真の私はひたむきな表情が写っていた。私は自分のことしか見ることができなかった。いつも走るのは遅くて体育の授業は嫌だった。
でも、大地はそんな私をいつも撮っていた。小学生ながら、体育の授業をさぼってまで私を撮っていた。
何故そこまで一生懸命に私の写真なんかを撮るのだろう。
運動神経の良い子なら他に沢山いるのに疑問に思っていた。だから、大地にそのことを聞いたことがある。
「葵の走ってるところが好きなんだ。写真には順位なんか気にせずに残るからさ」
大地は私の運動神経なんか気にしてないことがわかった。それはそれで悔しかったけど、大地の言いたいことは写真を通してわかってきた。
大地の写真には人の感情を揺さぶるものが写し出されている。
だから、私は中学に入って陸上を頑張りたいと思った。きっと大地は私のことを撮ってくれる。それはうぬぼれかもしれない。
でも、私の頑張る姿を真摯に受け入れてくれると思った。自分のためでもあるけど、大地のためにそれが私のできることだと思った。
中学に入ってから必死になった。基礎トレーニングはきついし、フォームの矯正、タイヤを引きながら走るスレッド走なんて馬に人参をぶらさげて走る気持ちなのかと考えた。放課後になって大地から差し入れのお茶とタオルを貰って私専属のマネージャーみたいなんて思った。
大地は私の走る姿を動画にもしてくれたから特にフォームの矯正は早くにできた。
そして、練習に練習を重ね私はみるみる頭角を現した。
中学三年の最後の大会で私は学内で一番早くなった。その時くれた大地の写真には私の泣いた姿があった。いい表情だよとあの小学の運動会の時と思わず重ねてしまった。でも、きっと大地には私の運動神経が良くなったからといって喜んで貰えたのか尋ねることはできなかった。
高校の進路先は大地と同じ学校に行きたかった。
不純な動機だったけど、また私を撮って欲しいと思ったから。中学よりも、もっと速く走りたかった。
走ることが好きになれた大地には感謝しても足りないほどだった。
明日はいよいよ陸上大会本番。これまでの集大成になる。
大丈夫。いつも通りのことをすれば良いんだ。
大地がきっと私を撮ってくれるから。
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