第1話
文字数 1,998文字
ぼくらの村には宇宙人が住んでいる。
村はずれに不時着している宇宙船に乗って来た、三人家族の宇宙人だ。
お父さん宇宙人が自分の星へ救助を呼びに行ってしまったので、お母さん宇宙人と子供宇宙人はその間、うちの村で暮らすことになった。
お母さん宇宙人はお向かいの婆ちゃんの畑や、役場の仕事を手伝ったりしている。子供宇宙人は、ぼくらの分校に通うことになった。
ぼくは少し心配で、少し怖かった。
だって宇宙人だよ? うちの村は山奥で人も少ないけれど、これが都会の街だったら今ごろきっと大さわぎになってる。
「困ってる人に宇宙も地球もありゃせん」
爺ちゃんが言った。でもNASAの人とかに来てもらった方が良いんじゃないかな?
「そんな大ごとにするもんじゃねぇ。あちらさんにも事情ってもんがある」
ぼくは宇宙人の事情はわからないけれど、爺ちゃんの言うことはもっともだと思った。
『よろしくおねがいします』
子供宇宙人が長い指で、空中に文字を書いた。
隣の席で一年生のカナちゃんが『にほんごが書けるなんてすごいね』と言った。驚くのソコなんだ!
ぼくは『よろしく』の文字が煙みたいに消えてゆくのを、口をあんぐりしたまま眺めてしまった。
子供宇宙人の名前は『ジュラ』。つるりとした顔、大きな水色の目、長い手。ぼくの想像していた通りの宇宙人だ。
ジュラはぼくと同じ年だけれど、社会と理科はカナちゃんと一緒に一年生の勉強をすることになった。地球の歴史や生き物のことは、他の星の人には難しいらしい。
そのかわり、算数は中学生の問題をスラスラ解いている。すごいや!
図工の時間に紙ねんどで動物園を作った。ジュラの作った動物はみんな羽根が生えている。ジュラの星ではワニも象も猿も、みんな羽根があるんだって。すごいや!
お昼ごはんはみんなで食べる。ジュラのお弁当はいつもおにぎりだ。宇宙人のお母さんは、まだ地球の料理が苦手みたい。
ぼくの甘い玉子焼きをひとつあげたら、いつもは水色の大きな目がもっと大きくなって、オレンジ色に変わった。
びっくりして聞いたら、嬉しい時にそうなるんだって! ちなみに、怖い時や悲しい時はむらさき色になる。
そんな風に目の色で気持ちがわかってしまったら、嘘をつくときどうするんだろう?
分校で飼っているウサギの世話をしたり、放課後さか上がりの練習をしたり、一緒に縦笛を吹きながら下校するうちに、ぼくらは仲良しになった。
知らない星にお母さんと二人だけで暮らしているジュラを、ぼくは本当にすごいなと思う。
ある日、分校からの帰り道。ジュラのうちの宇宙船の前に、知らない男の人がいた。
ぼくらの村は本当に小さな村なので、知らない人なんていない。その男の人は大きなカメラを持っていて、宇宙船に向かって何回も何回もシャッターを切っていた。
ぼくらはそっと後ずさりして、走って分校へと戻った。何だか嫌な予感がした。
分校にはうちの爺ちゃんや役場の人が集まっていた。ジュラのお母さんが、ぼくらの顔を見てむらさき色だった目をオレンジ色にした。心配していたみたい。
知らない男の人は新聞記者なんだって。宇宙船を見て役場に取材の申し込みに来た。新聞記事になったら、本物の宇宙船だとバレてしまうかも知れない。
大さわぎになって、ジュラとお母さんが連れて行かれてしまうかも知れない。
「ジュラが連れて行かれちゃうの嫌だよ!」
ぼくは泣きそうになって言った。ジュラの目もむらさき色になった。
「心配するな。この村のもんは、わしらがちゃんと守る」
爺ちゃんがぼくとジュラの頭に手を乗せて言った。ぼくの爺ちゃんはとても頼りになる。
作戦は村の人全員で考えた。作戦名は『村おこし宇宙人仮装祭り』だ。
作戦がどうなったかって? そのことについて話すとしたら、きっと一晩中かかってしまう。
結論だけ言うと、新聞の片隅にぼくらの村のことが小さく載った。見出しは『限界集落の宇宙人祭り』。ジュラの家の宇宙船は、そのお祭りのためのオブジェという設定にしたのだ。
どうやらぼくらは、ジュラたちを守ることに成功したらしい。
嘘のお祭りは、ドキドキもしたけれど楽しかった。分校の先生が作曲した『宇宙人音頭』をみんなで一緒に踊った。
お祭りの後片付けの最中に、山に沈んでゆく夕陽を見ながらジュラが空に向かって字を書いた。
『ぼく今日のこと、きっと一生わすれない』
それはぼくも同じだ。ジュラはお父さんが迎えに来たら自分の星に帰ってしまう。でもぼくは大人になっても空が夕焼けに染まるたびに、ジュラの目をきっと思い出す。
お揃いの宇宙人の着ぐるみで、手を繋いで新聞記者に立ち向かった今日のことを思い出す。
大きな水色の目を、嬉しそうにオレンジ色に変えるぼくの友だち。
たとえ遠く宇宙を隔てても、たとえ二度と逢えなくても。
ジュラ。ぼくは、きみをずっと忘れない。
村はずれに不時着している宇宙船に乗って来た、三人家族の宇宙人だ。
お父さん宇宙人が自分の星へ救助を呼びに行ってしまったので、お母さん宇宙人と子供宇宙人はその間、うちの村で暮らすことになった。
お母さん宇宙人はお向かいの婆ちゃんの畑や、役場の仕事を手伝ったりしている。子供宇宙人は、ぼくらの分校に通うことになった。
ぼくは少し心配で、少し怖かった。
だって宇宙人だよ? うちの村は山奥で人も少ないけれど、これが都会の街だったら今ごろきっと大さわぎになってる。
「困ってる人に宇宙も地球もありゃせん」
爺ちゃんが言った。でもNASAの人とかに来てもらった方が良いんじゃないかな?
「そんな大ごとにするもんじゃねぇ。あちらさんにも事情ってもんがある」
ぼくは宇宙人の事情はわからないけれど、爺ちゃんの言うことはもっともだと思った。
『よろしくおねがいします』
子供宇宙人が長い指で、空中に文字を書いた。
隣の席で一年生のカナちゃんが『にほんごが書けるなんてすごいね』と言った。驚くのソコなんだ!
ぼくは『よろしく』の文字が煙みたいに消えてゆくのを、口をあんぐりしたまま眺めてしまった。
子供宇宙人の名前は『ジュラ』。つるりとした顔、大きな水色の目、長い手。ぼくの想像していた通りの宇宙人だ。
ジュラはぼくと同じ年だけれど、社会と理科はカナちゃんと一緒に一年生の勉強をすることになった。地球の歴史や生き物のことは、他の星の人には難しいらしい。
そのかわり、算数は中学生の問題をスラスラ解いている。すごいや!
図工の時間に紙ねんどで動物園を作った。ジュラの作った動物はみんな羽根が生えている。ジュラの星ではワニも象も猿も、みんな羽根があるんだって。すごいや!
お昼ごはんはみんなで食べる。ジュラのお弁当はいつもおにぎりだ。宇宙人のお母さんは、まだ地球の料理が苦手みたい。
ぼくの甘い玉子焼きをひとつあげたら、いつもは水色の大きな目がもっと大きくなって、オレンジ色に変わった。
びっくりして聞いたら、嬉しい時にそうなるんだって! ちなみに、怖い時や悲しい時はむらさき色になる。
そんな風に目の色で気持ちがわかってしまったら、嘘をつくときどうするんだろう?
分校で飼っているウサギの世話をしたり、放課後さか上がりの練習をしたり、一緒に縦笛を吹きながら下校するうちに、ぼくらは仲良しになった。
知らない星にお母さんと二人だけで暮らしているジュラを、ぼくは本当にすごいなと思う。
ある日、分校からの帰り道。ジュラのうちの宇宙船の前に、知らない男の人がいた。
ぼくらの村は本当に小さな村なので、知らない人なんていない。その男の人は大きなカメラを持っていて、宇宙船に向かって何回も何回もシャッターを切っていた。
ぼくらはそっと後ずさりして、走って分校へと戻った。何だか嫌な予感がした。
分校にはうちの爺ちゃんや役場の人が集まっていた。ジュラのお母さんが、ぼくらの顔を見てむらさき色だった目をオレンジ色にした。心配していたみたい。
知らない男の人は新聞記者なんだって。宇宙船を見て役場に取材の申し込みに来た。新聞記事になったら、本物の宇宙船だとバレてしまうかも知れない。
大さわぎになって、ジュラとお母さんが連れて行かれてしまうかも知れない。
「ジュラが連れて行かれちゃうの嫌だよ!」
ぼくは泣きそうになって言った。ジュラの目もむらさき色になった。
「心配するな。この村のもんは、わしらがちゃんと守る」
爺ちゃんがぼくとジュラの頭に手を乗せて言った。ぼくの爺ちゃんはとても頼りになる。
作戦は村の人全員で考えた。作戦名は『村おこし宇宙人仮装祭り』だ。
作戦がどうなったかって? そのことについて話すとしたら、きっと一晩中かかってしまう。
結論だけ言うと、新聞の片隅にぼくらの村のことが小さく載った。見出しは『限界集落の宇宙人祭り』。ジュラの家の宇宙船は、そのお祭りのためのオブジェという設定にしたのだ。
どうやらぼくらは、ジュラたちを守ることに成功したらしい。
嘘のお祭りは、ドキドキもしたけれど楽しかった。分校の先生が作曲した『宇宙人音頭』をみんなで一緒に踊った。
お祭りの後片付けの最中に、山に沈んでゆく夕陽を見ながらジュラが空に向かって字を書いた。
『ぼく今日のこと、きっと一生わすれない』
それはぼくも同じだ。ジュラはお父さんが迎えに来たら自分の星に帰ってしまう。でもぼくは大人になっても空が夕焼けに染まるたびに、ジュラの目をきっと思い出す。
お揃いの宇宙人の着ぐるみで、手を繋いで新聞記者に立ち向かった今日のことを思い出す。
大きな水色の目を、嬉しそうにオレンジ色に変えるぼくの友だち。
たとえ遠く宇宙を隔てても、たとえ二度と逢えなくても。
ジュラ。ぼくは、きみをずっと忘れない。