宇宙からの音楽

文字数 2,761文字

 ガニラ23星系の油の燃焼でのみ輝く太陽――いわゆる揚げ場――の第三惑星ロブストロニアは数あるハピタブルゾーンの中でも最も過酷な環境だ。そこで暮らすロブテストは西向き傾向のある道しるべを携えた紀行家随唐明(ずいとうあきら)によると、彼らは最も過酷であるが故に最も楽観的な形で、あたかも一夜にしてその強力な鎧を手に入れたかのように、宇宙でも最強と誉れ高い皮膚組織を持ちながら、そのことについて自覚は持ってはいない。凡そ宇宙において彼らほど内省という理性を持ち合わせない種族がいたであろうか。彼らはその硬い皮膚組織を互いに打ち合わせることのみに終始している。もし彼らが征服者を志向すれば、そのあまりにも硬い皮膚組織によって最も原始的な戦いを行いながらも宇宙屈指の文明兵器と互角に渡り合えたであろう。そうならなかったことは宇宙において幸運なことでもあった。更に幸運なことは彼らの類い希な外骨格が彼らの類い希な外骨格を打ち合わせることによる響き、その音はまた類い希なる深遠な響きを聞く人の耳にもたらすのである。彼らの時間というものに対する周期性は正確である。
 そして種族の中から、その音を出す際の仕様において必然、二人が選抜された。一人でも構わないのではないかと訳知り顔で指摘されてもそれは彼らの習性なのである。どちらともに楽器であり、演奏者なのである。正確でまた深遠なリズムを刻んでくれるだろう。

 ドラムズ――ロブテストの若者二人――彼らは名前を持たない

 スルメ外惑星はナマコームス銀河の星間空間に浮かぶ孤立した水の惑星である。そこを訪れた人はその白濁した、生温かい、高い粘度の海に面食らうことだろう。しかし、その海は海底の更に奥、その惑星の中心に潜む巨大生物イソギンチャムスの放出した聖なる水に他ならない。西向き傾向のある道しるべを携えた紀行家随唐明(ずいとうあきら)によると、その海はスルメ外惑星がただの岩石となることから免れるだけでなく、白濁した、もはやヨーグルトとさえ言えるほどの高い粘度で惑星をコーティングし宇宙放射線からこの惑星の唯一の生物を守っているのであると言うのである。いや、しかし、それを果たして生物と言えるだろうか。彼ら――果たしてこの言葉が当てはまるであろうか――は確かにイソギンチャムスから生まれたものたちだ。しかし一定の周期で2~3億個と射出される彼ら自身は明らかに頭脳を持たない。いや、そう言うならばイソギンチャムスそれ自身にすら知性が存在するのかどうかは未だに誰も分からないのである。とは言え、これだけは言える。この一般にミニイソギンチャムスとも称せられるものたちの奏でるメロディーは聞く人の記憶を遙か彼方まで誘い出し幽玄の境地に到らしむるのである。まるでオルゴールのようである。10センチ四方のこの物体は聞く人の意識に感応し弁を震わせ、メロディーを奏でるのである。

 オルゴール――採取したミニイソギンチャムス――恐らく名前という概念すらない

 一般にマタンゴ、またマランボッキ、マラッボキ、ボッキマラとも呼ばれるキノコー星系の六番目の惑星は見た目的には砂漠の不毛な星である。そこでは唯一の生態系の王が君臨している。いや生態系とは多様な進化によって種が枝分かれし個々の思惑や打算によっておのおの種の保存を図ろうという営みであるが、この菌類生物はあくまでも単一を貫こうとする、ある意味で根本に忠実、全体性の中であくまで一を保持しようとしている。彼らは一から二、三四五……とりとめのない無限の連なりを拒否し、単一な線のみを志向しているかのようだ。惑星の至る所に菌糸をを伸ばし、これから一から二、三四五……となるであろうかもしれない空中あるいは土中の有機体を監視するかのようにそれを特殊な分解酵素で消化しては、ある種のモグラ叩きを行っている。そしてこの惑星の名前にもなっている子実体は四肢を持ち、その単一種の範囲内で思考し、高度な文明を築いている。西向き傾向のある道しるべを携えた紀行家随唐明(ずいとうあきら)によると、マタンゴたち――彼らの数ある名称のうち一つをここは便宜上選択しよう。単一を思考する彼らであるのに、他者から無数の名前で呼ばれていることは皮肉である――は、日々の労働の後に宴を行うという。彼らの単一の歌声は多様な生物群の意識の奥底に忘れ去られた原初の感情を呼び起こすという。その歌声は甘く、また高揚した彼らの傘状の頭部からは胞子が撒かれる。この胞子も甘美なる臭いで人々を夢幻の世界へと誘い出すだろう。

 歌唱――マタンゴ――彼ら単一種に個の名前などあろうか

 さて、ここで私たちの前に3種の決して本来なら出会うはずがないであろう音楽が提示された。それもこれもかの有名な西向き傾向のある道しるべを携えた紀行家随唐明(ずいとうあきら)の献身があってこそのものだ。彼は満足にコンパスも買えない身でありながらも不屈の精神でこの一大イベントのために身を粉にして宇宙を駆け回ったのである。彼の目に止まった件の3種の音楽の結合は私たちに未知の感動をもたらすことは想像に難くない。単一を志向するマタンゴを様々な方法で説得した随唐明(ずいとうあきら)の気苦労を想像してみて欲しい。また至上の音楽を構成するためにそれだけなら一級であるところの宇宙の様々な音楽、例えばヨシノガワノケイコク星における水棲生物の尾びれを震わせる玄妙なハーブや、一般に――鉢植え――と呼称される巨木星の霊的な蔓植物の奏でるチェロ、唯物志向の機械惑星――アイアンボーイ――における壮大な電子音楽などを、その3種との兼ね合いやスケジュールの都合などで泣く泣く取捨選択をせざるを得なかった 随唐明(ずいとうあきら)の苦悩は計り知れない。だがその苦悩もようやく報われるときがきたのである。彼は途方もない努力を持っていよいよ未知の3種の音楽を地球に伝えることを可能にした。

 彼ら3種は地球で言うとところの海老、イソギンチャク、茸との類似が働くのは私たちにとって幸運なことであった。西向き傾向のある道しるべを携えた紀行家随唐明(ずいとうあきら)は彼をしてこのバンドをフロントマンであるところのマタンゴを前面に出し、茸とシーフードの和え物と命名した。







 茸とシーフードの和え物

 ドラムズ――ロブテストの若者二人――彼らは名前を持たない

 オルゴール――採取したミニイソギンチャムス――恐らく名前という概念すらない
 
 歌唱――マタンゴ――彼ら単一種に個の名前などあろうか

 彼らは即興音楽を旨とする。その時の感情や雰囲気、傾向によって音を発する。誠に宇宙的である。全く以て宇宙的である。

 
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