午後6時の緊急速報

文字数 2,000文字

悠人( ゆうと)、朝よ、早く起きなさい」
「まだ7時じゃん。起きる時間じゃないってば……」
「悠人、朝よ、早く……」
「まだ起きる時間じゃないってば!」
 起き上がると、部屋には誰もいなかった。
「あの声、母さんの声じゃなかった……誰の声だ?」
「悠人、朝よ……」
「わぁ!!
 声の主は、自分の左腕であった。左の前腕にできたクチが、喋っていたのだ。
「何だこれ……」
 クチは白い歯を見せてにっこり笑った。
「どうしよう……いや、寝ぼけてるだけだ。いつも通り生活すればいいだけだ」
 僕はクチの部分に包帯を巻き、いつも通り学校に出かけた。

 今日の国語の授業は討論会だった。挙手制であったため、僕は討論を聞き流しながら、腕の包帯をずらしてみた。すると、あのクチがなくなっていた。
「よっしゃ!」
 僕は思わず声を出して叫んでしまった。
「じゃぁ次は田中悠人」
 先生が僕を指名した。何の話しをしてたのか分からない。どうしよう……
「友達ができず不安を覚える大学生が増えているというニュースを見ました。私たちも人ごとではありません。オンライン学習を推進するのであれば、学生同士を結びつけるコーディネーター職を学校側が用意すべきです」
「……お前らしくない、なかなかいい発言じゃないか」
 先生は困惑気味に僕を褒めた。
「口をモゴモゴさせてただけなのに。なんでこんな優等生みたいな発言が……」 
 と朝の出来事が吹き飛び、頭の中がこの思いがけない発言でいっぱいになった。その日1日、どの授業でも的確な受け答えを連発して、周囲から驚かれた。

「いい1日だった」
 そんな風につぶやいてみたものの、家に帰ると、やはり朝のことが気になった。パソコンで調べても大した情報は得られなかったが、メール相談を受け付けている病院を発見し、原因を教えてもらうことにした。
 メールを出した後、外に出ようと玄関に行くと、ドア近くに古新聞が積まれていた。一番上にあった新聞に、イントロンという言葉があった。
「遺伝子の中には、イントロンとよばれる何の情報も書かれていない部分がある。そこには不要となった大昔の本能や能力に関する遺伝子情報が眠っている。使われない情報であるため、表面的には何も遺伝子情報がないように見えるのだ」
「は? 何今の?」
 自分の口が勝手に喋ってる!
「古代人は様々な特殊能力をもっていた。しかし支配者になりたいという本能も強く、多くの人々が支配者の座をかけて殺し合いをはじめた。その結果人類は滅亡の危機にまで瀕してしまった。人類滅亡を防ぐため古代人は自らその危険な本能と能力を封印したのだ。時が経ち、突然変異が起こり、眠っていた古代人の本能と能力が呼び起こされた。それが今のお前だ」
 学校にいた時もこんな感じで僕の口が勝手に動いていた。もしかしたら、腕にあったクチが、僕の口と入れ替わったのだろうか……僕は怖くなってきた。
 ピンポーン。インターホンが鳴った。
「ど、どなたですか?」
「こんばんは。南病院の者です」
 僕はドアを開けた。
「あぁ、メールした病院ですね。直接来るなんて……しかもアポなしで。あれ、あなたテレビで見たことあります。山内敏次郎さんですよね。オカルト評論家の」
「南病院で働いてる医師の友人に、変な相談メールが来たから代わりに見てこいって言われて。ちょうどこの近くにいたもんだから。で、腕のクチはどうなったの?」
 僕はこれまでの出来事を話した。すると、
「先月似たような症状の人がアメリカに現れたんだ。けどすぐ行方不明になってるんだよね。まだ友人がいるはずだから、一緒に病院に行こう」
「……準備してくるんでちょっと待っててください」

 僕は不安で泣きそうになっていた。自分の部屋で出かける準備をしていると、母がやってきた。
「あの人誰? どこ行くの?」
「ちょっと調子悪いから病院行ってくる。あの人医者みたいな人」
「医者が迎えにくるほど悪いの? 熱とかあるの? その熱で世界を焼き尽くせ! この世の支配者となるのだ!」
「……何言ってるの?」
「何って、市販薬だけどお薬持ってこようか、って言っただけじゃない」
「今支配者がどうこうって」
「あんたどうしたの? 灼熱の如き熱を帯びた体となった時こそお前がこの世に君臨する時だ!」
「わぁ! 母さんが!」
 僕は慌てて家を飛び出した。外に出ると、突然モンスターが襲いかかってきた。
「この化け物!!
 僕はモンスターにパンチを食らわせた。
「この化け物、どこかに捨ててこなきゃ……」
 僕は殴り倒したモンスターを脇に抱えると、背中に生えてきた翼を使って空に飛び立った。
「緊急速報です。今日の午後6時頃、横浜市南区清水ヶ丘で、18歳の男子高校生がオカルト評論家の山内敏次郎氏に暴行を加えた後、連れ去る事件が起きました。複数の目撃情報によりますと、少年は空に向かって逃走したということです。依然として両者の行方は分かっておらず……」
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