第１話
文字数 1,998文字
20時00分。自宅内リビングにて。
昨今の不況による家計救済措置として、各家庭一世帯につき10万円が給付されることとなり、その使い道を決める家族会議がこれより始まる。
「それじゃあ、これから10万円の使い道について家族会議を始めるわよ」
「まだお兄ちゃんが来てないけど」
司会進行の母さんに、姉ちゃんが問いかける。
「お兄ちゃんはバイトが長引いて間に合わないそうだ。先に進めよう」
「そう、ならしかたないわね」
父さんの説明に姉ちゃんは納得したようだ。
「では早速始めるわ。まずは最年少のあなたからね」
我が家の家族会議は年少者から発言権が与えられる。そうなるとまずボクからになるのだ。
「ボクは10万円を家族で均等に分けることを提案するよ。5人家族だから、2万円ずつ分ければ均等になる。みんな違う使い道を考えているだろうし、これで不満なく使えると思うんだ」
これは今回の給付金が決定された時から決めていた。
今まで遊んでいたゲームの新作がそろそろ出るが、ボクはその本体を持っていない。10万円から2万円を手に入れれば、貯金と合わせて本体とソフトの同時購入ができる。中学生のボクにとって2万円は大金。このチャンスを逃す手はない。
「なるほど分割案ね。じゃあ次、お姉ちゃん」
「私は家族旅行を提案するわ。こんなまとまったお金はなかなか手に入らないし、家族みんなで行く旅行なら、みんな満足できると思うの」
姉ちゃんのこの提案は想定内だ。
ここ最近ずっとSNSで友達の写真を見て、姉ちゃんは旅行に行きたがっていた。しかし、まだ家のローンがある我が家にその余裕はなく、もどかしい思いをしているらしい。高校生だからバイトで稼ぐこともできるが、部活でその余裕はない。
家族思いで通りそうな提案だが、ボクにはこの案には対抗する秘策があるのだ。
「お姉ちゃんは家族旅行……と。次、お父さん」
「お父さんも分割案を提案するよ。これなら額は小さくなるけど、みんなで思い思いの使い方ができるからね」
そう、これは最初からボクと父さんの間で結ばれた密約だった。
家族会議になればまず多数意見が勝つ。そして父さんは最近、釣り竿を新調したがっていた。そこでボクは考えて、二人で分割案を出す話を持ち込んだのだ。
「父さんも分割案……と。次は私ね」
勝ったな。この会議、すべてボクの手中にある。
「お母さんは、電動自転車を買うことを提案します」
電動自転車だと。血迷ったか母さん、そんなのが家族会議で通るわけがない。しかも10万円もするなんて、みんな納得しないはず。
「ちょっと待って。それ母さんはいいけど、家族みんなが納得できるものじゃないわ」
そうだ姉ちゃん、もっと言ってやれ。
「いいえ、これは家族全員に関係あるわ。いまお母さんが使っている自転車は、もう10年以上使って、かなり古くなっている。そして、お母さんは今までこの自転車で、保育園の送り迎えや買い物、パートの通勤で家族に貢献してきたわ。もちろんこれからも貢献するわ。だからこそ、それに対しての報いも含めて、電動自転車でしかも新型に買い替えていいと思うの」
たしかに言っていることは一理ある。だがこんなの許されない。こちらには父さんもいるのだ、覆されることはない。
「たしかにな。お父さんもお母さんの意見には賛成だ。今までの苦労を考えて、電動自転車はふさわしいと思う」
そんな馬鹿な。なぜだ、父さんが裏切っただと。
そもそも父さんがここで裏切って、なんの得があるのだ。あんなに欲しがってた釣り竿をあきらめてまで、母さんにつく理由があるのか。
いや、違うな。何やら母さんと目くばせしている。なるほど、父さんは裏で母さんと取引している。父さんの欲しい釣り竿は2万円あれば買える。これは推測だが、母さんが釣り竿を買う代わりに、10万円は電動自転車に回すとか、そんな取引があるのだろう。
血は争えないということか、こうなったらボクの負けだ。
「ちなみにお兄ちゃんからは、貯金という案で連絡が来ているわ。でもこの様子だと、多数決で電動自転車に決まりね」
ボクが全てをあきらめたとき、母さんの携帯に一本の電話が鳴った。
「あら、どうしたのかしら。ちょっと待ってね」
母さんが少しの間電話に出てすぐ戻ってきた。その表情は驚きと嬉しさが混じった顔だ。
「生まれたって。しかも双子」
まさかだった。母さんには歳の離れた妹がいる。最近結婚して、念願の子供がそろそろ生まれるという話は聞いていたが、予定より早い出産だった。
「双子、お金かかるよね」
姉ちゃんがポツリとつぶやく。
みんな顔を見合わせ、考えていることは同じなのか。
「使い道はもう、決まったかな」
ボクがみんなの顔を見ながら問いかける。
「いまお兄ちゃんに聞いたら、それでいいって」
姉ちゃんが携帯の画面で、兄ちゃんの返事を見せる。
家族会議はこれで決まりだ。
昨今の不況による家計救済措置として、各家庭一世帯につき10万円が給付されることとなり、その使い道を決める家族会議がこれより始まる。
「それじゃあ、これから10万円の使い道について家族会議を始めるわよ」
「まだお兄ちゃんが来てないけど」
司会進行の母さんに、姉ちゃんが問いかける。
「お兄ちゃんはバイトが長引いて間に合わないそうだ。先に進めよう」
「そう、ならしかたないわね」
父さんの説明に姉ちゃんは納得したようだ。
「では早速始めるわ。まずは最年少のあなたからね」
我が家の家族会議は年少者から発言権が与えられる。そうなるとまずボクからになるのだ。
「ボクは10万円を家族で均等に分けることを提案するよ。5人家族だから、2万円ずつ分ければ均等になる。みんな違う使い道を考えているだろうし、これで不満なく使えると思うんだ」
これは今回の給付金が決定された時から決めていた。
今まで遊んでいたゲームの新作がそろそろ出るが、ボクはその本体を持っていない。10万円から2万円を手に入れれば、貯金と合わせて本体とソフトの同時購入ができる。中学生のボクにとって2万円は大金。このチャンスを逃す手はない。
「なるほど分割案ね。じゃあ次、お姉ちゃん」
「私は家族旅行を提案するわ。こんなまとまったお金はなかなか手に入らないし、家族みんなで行く旅行なら、みんな満足できると思うの」
姉ちゃんのこの提案は想定内だ。
ここ最近ずっとSNSで友達の写真を見て、姉ちゃんは旅行に行きたがっていた。しかし、まだ家のローンがある我が家にその余裕はなく、もどかしい思いをしているらしい。高校生だからバイトで稼ぐこともできるが、部活でその余裕はない。
家族思いで通りそうな提案だが、ボクにはこの案には対抗する秘策があるのだ。
「お姉ちゃんは家族旅行……と。次、お父さん」
「お父さんも分割案を提案するよ。これなら額は小さくなるけど、みんなで思い思いの使い方ができるからね」
そう、これは最初からボクと父さんの間で結ばれた密約だった。
家族会議になればまず多数意見が勝つ。そして父さんは最近、釣り竿を新調したがっていた。そこでボクは考えて、二人で分割案を出す話を持ち込んだのだ。
「父さんも分割案……と。次は私ね」
勝ったな。この会議、すべてボクの手中にある。
「お母さんは、電動自転車を買うことを提案します」
電動自転車だと。血迷ったか母さん、そんなのが家族会議で通るわけがない。しかも10万円もするなんて、みんな納得しないはず。
「ちょっと待って。それ母さんはいいけど、家族みんなが納得できるものじゃないわ」
そうだ姉ちゃん、もっと言ってやれ。
「いいえ、これは家族全員に関係あるわ。いまお母さんが使っている自転車は、もう10年以上使って、かなり古くなっている。そして、お母さんは今までこの自転車で、保育園の送り迎えや買い物、パートの通勤で家族に貢献してきたわ。もちろんこれからも貢献するわ。だからこそ、それに対しての報いも含めて、電動自転車でしかも新型に買い替えていいと思うの」
たしかに言っていることは一理ある。だがこんなの許されない。こちらには父さんもいるのだ、覆されることはない。
「たしかにな。お父さんもお母さんの意見には賛成だ。今までの苦労を考えて、電動自転車はふさわしいと思う」
そんな馬鹿な。なぜだ、父さんが裏切っただと。
そもそも父さんがここで裏切って、なんの得があるのだ。あんなに欲しがってた釣り竿をあきらめてまで、母さんにつく理由があるのか。
いや、違うな。何やら母さんと目くばせしている。なるほど、父さんは裏で母さんと取引している。父さんの欲しい釣り竿は2万円あれば買える。これは推測だが、母さんが釣り竿を買う代わりに、10万円は電動自転車に回すとか、そんな取引があるのだろう。
血は争えないということか、こうなったらボクの負けだ。
「ちなみにお兄ちゃんからは、貯金という案で連絡が来ているわ。でもこの様子だと、多数決で電動自転車に決まりね」
ボクが全てをあきらめたとき、母さんの携帯に一本の電話が鳴った。
「あら、どうしたのかしら。ちょっと待ってね」
母さんが少しの間電話に出てすぐ戻ってきた。その表情は驚きと嬉しさが混じった顔だ。
「生まれたって。しかも双子」
まさかだった。母さんには歳の離れた妹がいる。最近結婚して、念願の子供がそろそろ生まれるという話は聞いていたが、予定より早い出産だった。
「双子、お金かかるよね」
姉ちゃんがポツリとつぶやく。
みんな顔を見合わせ、考えていることは同じなのか。
「使い道はもう、決まったかな」
ボクがみんなの顔を見ながら問いかける。
「いまお兄ちゃんに聞いたら、それでいいって」
姉ちゃんが携帯の画面で、兄ちゃんの返事を見せる。
家族会議はこれで決まりだ。
