第1話
文字数 1,752文字
魔王歴612年。
それまで世界の全てを牛耳っていた魔王ヴェルゼは、勇者の刃に倒れた。
瓦礫と化した魔王城を意気揚々と引き上げていく勇者一行の姿は、これからの華々しい新時代を予感させた。
「……行ったか」
「……行きましたな」
勇者が去ってしばらくした後。
残骸の下敷きになっている地下室の扉が重たく開く。
出てきたのは、かつてこの世界を支配した魔王……ではなく、順当に行けば次の魔王になるはずだった少年、ヴェリルとその執事イゴールである。
彼らはケホケホと小さく咳き込みながら、最早ただの鉄と石の塊となった城を見回した。
「残った兵は」
「お待ち下さい。……サーチした結果、城には我々以外の生命反応はございません」
「生命を持たぬものはどうか。例えばゴーレムとかそういうの」
「全て灰燼と化しております」
「徹底的だな」
「徹底的ですな」
「……くっ」
報告を受けたヴェリルは俯き、唸った。その両拳は堅く握られ、小さく震えている。
「ヴェリル様……」
イゴールもまた、ヴェリルの今後を憂いているのか、俯き加減で肩を震わせる。
「……く、くくく」
ヴェリルの唸り声は、いつの間にか不敵な笑いに変わっていた。
「くははははは!! そうか、とうとう倒されたかあのジジイ!!」
「やりましたな! ヴェリル坊っちゃま!」
不敵な笑いは高笑いになっていた。イゴールも今は顔を上げ、晴々とした表情でヴェリルとハイタッチなんかしている。
「よぉし、いいぞいいぞ! これで吾輩は自由! しち面倒臭い政治も、したくもない略奪も、何だかんだいって危ない勇者の撃退も! ぜぇーんぶやらなくていいのじゃー!! イィヤッホーーーーーウ!!!!」
「おめでとうございます!! 爺も心からお祝い申し上げますぞ!!」
「いやーめでたい! 嫌だったのじゃ、あんなに可愛くて気の良い勇者ちゃんと殺し合いなんて! あとあの戦士! 冗談じゃないわい、あんな筋肉、痛がらせるだけでも一苦労じゃ!」
「そうですとも! あの女僧侶もこのままいけば妖艶な賢者になるに違いありますまい! あんな良い女、うっかり殺してしまった日には、千年の時を経ても後悔は消えますまいて!」
ヒャッホウと歓喜の雄叫びをあげる魔王の忘れ形見とその従者。
ひとしきり踊り狂った後、疲れた二人は丁度いい瓦礫に腰を下ろし、足を投げ出してオレンジに染まった空を見上げた。
「なぁイゴール?」
「なんでしょう坊っちゃま?」
「陰気くさいだのジメジメしてウザいだの、散々こき下ろしてきた我が城じゃが、こうして見るとこう、悪いものではないなあ?」
「御意、御意。最早廃墟と化したこの城に罪はございませぬ。悪いのはあのクソ真面目で粗暴な魔王の野郎でございます」
「おいおい、仮にも吾輩の父親ぞ」
「おっと、これは失礼致しました」
「気持ちはすんげぇよく分かるがのう。あーっはっはっはっ!」
「そう仰ると思いました、うっひゃひゃひゃひゃひゃ!」
息を吸ういと間も無く笑い続ける二人だったが、ヴェリルはふいに笑うのをやめ、イゴールをしげしげと見つめた。
「おや、どうなさいました坊っちゃま。顎でも外れましたか」
「いや、ちょっと気になることを思い出しての。……あのクソ親父、もしかしたらまだ、完全には死んでいないかもしれん」
「なんですと!?」
「〝魂映し〟というのを聞いたことはないか」
「自分の魂をそのまま複写し、保管する魔術ですな。……はっ、まさか!」
「あれは魔王一族にしか使えぬ魔術でな。発動するためにはオリジナルの死と魔族の血1テラリットルが必要になる。もしも奴がその準備をしていたとしたら」
「……至急勇者ちゃん達を止めねばなりませぬな」
「うむ。他の魔族など知ったことじゃないが、このまま掃討戦などされて血が流れれば、魔王復活の助けになりかねん。――いくぞイゴール、勇者ちゃん達を止めるのだ! ジジイ復活を阻止するために! あと勇者ちゃんと仲良くなりたい!」
「御意! 女僧侶ちゃんの貞操のために!」
魔界最強の王子ヴェリルと、伝説の魔執事イゴール。
彼らの冒険は、今ここから始まった。
――後にヴェリルは真魔王と名乗り、伝説の執事イゴールや勇者ちゃん達と共に、より強大に復活した大魔王ヴェルゼを討ち倒すことになるのだが、それはまた別のお話である。
それまで世界の全てを牛耳っていた魔王ヴェルゼは、勇者の刃に倒れた。
瓦礫と化した魔王城を意気揚々と引き上げていく勇者一行の姿は、これからの華々しい新時代を予感させた。
「……行ったか」
「……行きましたな」
勇者が去ってしばらくした後。
残骸の下敷きになっている地下室の扉が重たく開く。
出てきたのは、かつてこの世界を支配した魔王……ではなく、順当に行けば次の魔王になるはずだった少年、ヴェリルとその執事イゴールである。
彼らはケホケホと小さく咳き込みながら、最早ただの鉄と石の塊となった城を見回した。
「残った兵は」
「お待ち下さい。……サーチした結果、城には我々以外の生命反応はございません」
「生命を持たぬものはどうか。例えばゴーレムとかそういうの」
「全て灰燼と化しております」
「徹底的だな」
「徹底的ですな」
「……くっ」
報告を受けたヴェリルは俯き、唸った。その両拳は堅く握られ、小さく震えている。
「ヴェリル様……」
イゴールもまた、ヴェリルの今後を憂いているのか、俯き加減で肩を震わせる。
「……く、くくく」
ヴェリルの唸り声は、いつの間にか不敵な笑いに変わっていた。
「くははははは!! そうか、とうとう倒されたかあのジジイ!!」
「やりましたな! ヴェリル坊っちゃま!」
不敵な笑いは高笑いになっていた。イゴールも今は顔を上げ、晴々とした表情でヴェリルとハイタッチなんかしている。
「よぉし、いいぞいいぞ! これで吾輩は自由! しち面倒臭い政治も、したくもない略奪も、何だかんだいって危ない勇者の撃退も! ぜぇーんぶやらなくていいのじゃー!! イィヤッホーーーーーウ!!!!」
「おめでとうございます!! 爺も心からお祝い申し上げますぞ!!」
「いやーめでたい! 嫌だったのじゃ、あんなに可愛くて気の良い勇者ちゃんと殺し合いなんて! あとあの戦士! 冗談じゃないわい、あんな筋肉、痛がらせるだけでも一苦労じゃ!」
「そうですとも! あの女僧侶もこのままいけば妖艶な賢者になるに違いありますまい! あんな良い女、うっかり殺してしまった日には、千年の時を経ても後悔は消えますまいて!」
ヒャッホウと歓喜の雄叫びをあげる魔王の忘れ形見とその従者。
ひとしきり踊り狂った後、疲れた二人は丁度いい瓦礫に腰を下ろし、足を投げ出してオレンジに染まった空を見上げた。
「なぁイゴール?」
「なんでしょう坊っちゃま?」
「陰気くさいだのジメジメしてウザいだの、散々こき下ろしてきた我が城じゃが、こうして見るとこう、悪いものではないなあ?」
「御意、御意。最早廃墟と化したこの城に罪はございませぬ。悪いのはあのクソ真面目で粗暴な魔王の野郎でございます」
「おいおい、仮にも吾輩の父親ぞ」
「おっと、これは失礼致しました」
「気持ちはすんげぇよく分かるがのう。あーっはっはっはっ!」
「そう仰ると思いました、うっひゃひゃひゃひゃひゃ!」
息を吸ういと間も無く笑い続ける二人だったが、ヴェリルはふいに笑うのをやめ、イゴールをしげしげと見つめた。
「おや、どうなさいました坊っちゃま。顎でも外れましたか」
「いや、ちょっと気になることを思い出しての。……あのクソ親父、もしかしたらまだ、完全には死んでいないかもしれん」
「なんですと!?」
「〝魂映し〟というのを聞いたことはないか」
「自分の魂をそのまま複写し、保管する魔術ですな。……はっ、まさか!」
「あれは魔王一族にしか使えぬ魔術でな。発動するためにはオリジナルの死と魔族の血1テラリットルが必要になる。もしも奴がその準備をしていたとしたら」
「……至急勇者ちゃん達を止めねばなりませぬな」
「うむ。他の魔族など知ったことじゃないが、このまま掃討戦などされて血が流れれば、魔王復活の助けになりかねん。――いくぞイゴール、勇者ちゃん達を止めるのだ! ジジイ復活を阻止するために! あと勇者ちゃんと仲良くなりたい!」
「御意! 女僧侶ちゃんの貞操のために!」
魔界最強の王子ヴェリルと、伝説の魔執事イゴール。
彼らの冒険は、今ここから始まった。
――後にヴェリルは真魔王と名乗り、伝説の執事イゴールや勇者ちゃん達と共に、より強大に復活した大魔王ヴェルゼを討ち倒すことになるのだが、それはまた別のお話である。