第1話 天の岩戸の暗闇は  作:玖遠@第六文芸

文字数 1,951文字

「どうして、こんな暗いところにいるの?」
 真っ暗闇の中で声が響いた。
 問われて振り向くと、そこには手の大きさくらいの光が浮いていた。
 光は、わずかに強くなったり、弱くなったり、まるで呼吸をしているようにも見えた。
 他には、暗闇が広がっているだけだった。
 僕は、得体の知れない光を警戒して黙った。
「どうして?」
 人なつこく、光は聞いてきた。
「ね、どうして?」
 光が少し近づいてきて、僕は少し身を引いた。
「教えてほしいなぁ……」
 物欲しそうな声。
 僕は、露骨に嫌な顔をして答えた。どうせ真っ暗闇、表情なんてわからない。
「ケンカしたんだよ」
「ケンカ? 誰と?」
「ともだちと」
「ふぅん……なんで?」
「なんで?」
「原因があるでしょ?」
「お祭り神社で、ちょっと……」
「ちょっと?」
「………」
 僕は口ごもった。答えたくないと思ったし、知らない誰かに答える理由はないって思った。
 光は首をかしげたような口ぶりをした。
「言えないようなこと?」
「忘れたいんだ。そっとしててくれる?」
 すると、光が言った。
「忘れたいんだね?」
「え?」
 僕は思わず瞬きしたけれど、本当に瞬きしたかどうかわからないくらい、目の前には暗闇が広がっていた。
 光が言った。
「じゃあさ、こんなとこ出て、新しいともだち、探しに行こうよ」
「えッ」
「僕さ、いいところ知ってるよ。そこには僕の友達いっぱいいるし、すっごく解放感もあるし、最高なんだ! こんな穴蔵なんて飛び出して、そこに行こうよ!」
「穴蔵……」
 言われて思い出した。
 この、真っ暗な場所のこと……。
 たしか、ケンカの後、ひとりで神社の裏にいって……。
 ……。
 そうだ。
 【狐の穴】と呼ばれてる岩穴に、ちらりと光が見えた気がして……。
 真っ暗闇の中に吸い込まれたんだ……。

 狐の穴は、妖怪の世界につながってると聞いたことがある。
 僕は空恐ろしくなった。
「やだよ」
「やなの?」
「やに決まってるだろ!」
 そう怒鳴った途端、背中に、チリッと火の熱を感じた!
 僕は、つつかれたように駆け出していた!
「どこ行くの! そっちはちがうよ!」
 嘘だ!と思った。
 あの得体の知れない光は、狐火とかいうやつだ!

 僕は真っ暗闇の中を走った!
 光が追いかけてくる気配はなかった。
 そのうち、前方に光の点が見えてきて、それがだんだん大きくなってきた!
「出口!」
 僕は叫んで光の中へ飛び出した!
 その途端、足が地面を踏み抜いた!
 足元には星空が広がっていた!
 体がくるりと回って、飛び出してきた黒い穴と、そのまわりにも星空が広がっているのが見えた!
 360度、無限の星空!
 どこへ落ちていくのかわからない!
 怖くて、わあ!と叫んだけれど、声はまったく響かず、僕にしか聞こえていないかのようだった。
 反対に、どこからか、いいや、四方八方から、声が聞こえてきた!
「あっはっは! だまされたね! そっちは違うなんて言ったけど、それ、嘘だよ! 暗闇ではいつも、走った方向に出口ができるんだ! でさ、ここ、どう? いいところだろう? 光ってる星たち、全部、僕の友達なんだ! いっぱいいるだろう? 君は誰を選んだっていいんだよ! ここにいる誰でも、君が好きな星を友達にすればいい! もちろん、僕でも、いいんだけどね!」
 声は楽しそうに言って、僕に体当たりしてきた。何度も何度も、僕は揺さぶられた。
「やめてよ!」
「意気地無しだねぇ! 友達になってあげようって言ってるのに……。
 じゃあ、しかたないね、もう、遠慮なく……」
 高笑いが響き渡った!
「喰らわしてもらおうかなぁ!」
 その声と共に、星たちが一斉に、すべて、流れ星になって僕に向かってきた!
 僕は獲物、矢の的だ! 思わず腕で顔を覆って目を瞑った!
 直後!
 目の前で光が弾けた!
 僕は絶叫した!
 けれどその叫びは、バーン!という爆音に飲み込まれてしまった……。

   *

 ドーン!、パーン!という音が、僕の背中をどついていた。
 聞き覚えのあるその音に、ハッとして目を開けると、僕は真っ暗な中、狐の穴の前で身構えていた。
 まわりの星空は消えていた。声も、消えていた。
 背中をどついているのは、花火の音だった。
 振り返ると、神社の鳥居の向こうで、夜空いっぱいに花火が上がっていた。
 音に混じって、お囃子も聞こえてくる。
 ここは、お祭り神社の裏だった。

 僕は、汗だくだった。
 そのとき、神社の向こうから人影が現れた。
 花火の光にシルエットになっていた。
 暗くて、顔は見えない。
 けれど、僕には、わかった。
 誰かが、探しに来てくれたんだ。
 僕は唇を噛んで、真っ暗闇から駆け出した。
 そのとき、背中の方で、誰かが笑ったような気がした。
 けれど、僕にはもう、前のほうしか見えていなかった。

      終
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