がんもどき
文字数 1,108文字
「おかーさん、今日の夕ご飯のおかずはなぁに?」
「
「なにそれ?」
「潰したお豆腐と、切ったニンジン、レンコン、ゴボウを混ぜて油で揚げた料理よ」
「美味しそう! おかーさんが全部最初から作ったの?」
「ううん。スーパーから出来上がっているものを買って来て、煮物にしたの」
おかーさんは、オタマで鍋の中をかき混ぜた。
僕は、醤油の匂いがする液体の中でコロコロ転がっている、きつね色の丸い物体が
「もうちょっと煮たら完成よ」
「わーい! 早く食べたいなー!」
喜ぶ僕の声を聞いて、おかーさんがフフッと微笑んだ。
その時、ふと、僕は妙なことに気がついた。
いつもおかーさんの顔に付いている大きな丸メガネが無くなっていたのだ。
「あれ? おかーさん、メガネはどうしたの?」
「湯気で白くなって見えなくなるから外したのよ」
そう言って、おかーさんは手探りで銀色のボールを取った。中には
「全部入れたと思ったのに……。ま、いっか」
おかーさんはボールにラップをし、両手ですくうように持って、冷蔵庫の中にしまった。
「いただきまーす!」
僕は、おとーさん、おかーさんよりも先に
少し齧って、咀嚼する。食感は綿みたいにフワフワで、所々に小さなツブツブが練り込まれていた。
ツブツブを奥歯で噛み潰すと、プチプチと気持ちの良い音が鳴り、小エビに似た風味が口いっぱいに広がった。野菜の味は、まったくしなかった。
「なんか、変な味の
「そうねぇ……」
おとーさんとおかーさんが、
「……あっ!」
僕はハッとなった。おとーさんとおかーさんが揃ったら聞かせる話を思い出したのだ。
「今日ね! 学校の帰り道の林でね! 〈蟷螂 の卵〉をいっぱい見つけたの! おとーさんとおかーさんに見せようと思って、採って来たの!」
「〈蟷螂の卵〉……?」
おとーさんとおかーさんは顔を見合わせ、二人同じタイミングで僕の方を向いた。
「それ、どこに置いたの?」
「台所だよ! 銀色のボールに入ってるよ!」
僕がそう答えた途端、おかーさんは顔を真っ青にし、立ち上がってトイレがある方へと走り出した。
おとーさんは、「おい、嘘だろ……! 冗談じゃないぞ!」と叫んで、箸を放って立ち上がり、おかーさんを追ってトイレへと走って行った。
何がなんだかわからず僕は首を傾げ、
殻みたいなツブツブを奥歯で噛み潰すと、エビに似た味がした。
(了)
「
がんもどき
よ」「なにそれ?」
「潰したお豆腐と、切ったニンジン、レンコン、ゴボウを混ぜて油で揚げた料理よ」
「美味しそう! おかーさんが全部最初から作ったの?」
「ううん。スーパーから出来上がっているものを買って来て、煮物にしたの」
おかーさんは、オタマで鍋の中をかき混ぜた。
僕は、醤油の匂いがする液体の中でコロコロ転がっている、きつね色の丸い物体が
がんもどき
という食べ物なのだと思った。「もうちょっと煮たら完成よ」
「わーい! 早く食べたいなー!」
喜ぶ僕の声を聞いて、おかーさんがフフッと微笑んだ。
その時、ふと、僕は妙なことに気がついた。
いつもおかーさんの顔に付いている大きな丸メガネが無くなっていたのだ。
「あれ? おかーさん、メガネはどうしたの?」
「湯気で白くなって見えなくなるから外したのよ」
そう言って、おかーさんは手探りで銀色のボールを取った。中には
がんもどき
が沢山入っていた。「全部入れたと思ったのに……。ま、いっか」
おかーさんはボールにラップをし、両手ですくうように持って、冷蔵庫の中にしまった。
「いただきまーす!」
僕は、おとーさん、おかーさんよりも先に
がんもどき
を箸でつまみ、口に運んだ。少し齧って、咀嚼する。食感は綿みたいにフワフワで、所々に小さなツブツブが練り込まれていた。
ツブツブを奥歯で噛み潰すと、プチプチと気持ちの良い音が鳴り、小エビに似た風味が口いっぱいに広がった。野菜の味は、まったくしなかった。
「なんか、変な味の
がんもどき
だな」「そうねぇ……」
おとーさんとおかーさんが、
がんもどき
を噛みながら難しい顔で呟く。「……あっ!」
僕はハッとなった。おとーさんとおかーさんが揃ったら聞かせる話を思い出したのだ。
「今日ね! 学校の帰り道の林でね! 〈
「〈蟷螂の卵〉……?」
おとーさんとおかーさんは顔を見合わせ、二人同じタイミングで僕の方を向いた。
「それ、どこに置いたの?」
「台所だよ! 銀色のボールに入ってるよ!」
僕がそう答えた途端、おかーさんは顔を真っ青にし、立ち上がってトイレがある方へと走り出した。
おとーさんは、「おい、嘘だろ……! 冗談じゃないぞ!」と叫んで、箸を放って立ち上がり、おかーさんを追ってトイレへと走って行った。
何がなんだかわからず僕は首を傾げ、
がんもどき
を齧った。殻みたいなツブツブを奥歯で噛み潰すと、エビに似た味がした。
(了)