奇妙な親子

文字数 1,656文字

 名古屋市にてうどん屋を営んでいた祖父から聞いた話。
 ある日の夕暮れ、客が殆ど訪れない時間帯である為、店の戸を開け祖父は夕涼みをしていた。
 すると、一組の親子に話しかけられた。
「ごめんください。私、娘を連れて旅をしている者でございます」
 そう言うのは年の頃は三十代中頃の婦人。なんだかやつれた様子の、着物姿の女性だ。
 そして婦人の横には背丈から言うと十二、三歳くらいのこれまた着物姿の少女が立っていた。母と娘か、と思うより先に祖父はぎょっとした。
 なぜなら、母親の横に立つその娘の顔には目も鼻も口もなかったからである。
 いわゆるのっぺらぼうという奴である。ただし、髪はある。少女らしいおかっぱ頭だった。
 驚いて固まっている祖父に母親は言う。
「この子は難しい病にかかっております。なので私と娘は二人して全国を旅し、娘の病を治せるお医者様は探しているのです」
「はぁ」と返事をするものの、ここはうどん屋であって医者ではない。それに難しい病気というのはのっぺらぼうのことを言っているのだろうか。そのような病気、あるだろうか。
「けれど旅から旅の生活で、路銀も僅かになってきました。もしよろしければ私ども親子に施しをいただけませんでしょうか?」
 なるほど、と祖父は思った。タダで飯を食べさせてくれというわけか。客商売をしていれば時折そんなお客が訪れることもある。
 別段、徳を積みたいわけではなかったが、この奇妙な親子が気にかかり祖父は二人を店に招き入れた。
 もし本当に病の娘と旅をしているならご苦労なことだ、と思った祖父はすぐにうどんを用意しようとした。
 すると母親が言う。
「すみません、この子は事情があって普通のごはんが食べられません。注文をつけるようで恐縮ですが、うどん粉をお湯で溶いたものをご用意出来ませんでしょうか?」
 確かにのっぺらぼうがどう食事をすればいいのか祖父にも想像がつかない。けれど、うどん粉を溶いたお湯を用意したところで食べられる口がないのは同じだ。
 首をかしげながらも、祖父は母親の分のうどんと娘の分のうどん粉汁を用意した。
 そうして二人の前にそれぞれ作ったものをならべると母親は深々とお辞儀をしてくらうどんをすすり始める。
 はて、娘はどうするのかと祖父が様子を伺っていると、娘は着ていた着物の襟元を手で緩めた。
 すると娘の喉元あたりに口があった。
 正確には唇もないし、歯も見えなかったが、真横に一文字、口のようにぱくぱくと動く切れ込みが入っている。
 娘はうどん粉汁の入ったお椀を持ち上げると、その口のような部分にあてがってごくごくと一気に飲み干してしまった。
 驚く祖父のことなど気にもしないで、娘はすぐに襟元をきつく重ね合わせて口のような部分をしまった。
 その横では母親がもくもくとうどんを啜っている。
 食事を食べ終えた親子は祖父に何度も頭を下げ、母親はお礼の言葉を口にして店を後にした。
 祖父ははたして自分が相手をしたあの親子が本当に病の為の旅をしているのかどうか、しきりに不思議がった。なんの病なのか気になる。
 もっと不思議だったのは、と祖父は話の終わりに付け足した。
 その親子が店を訪れたのはそれが最後ではない。
 数年おきに訪れるのだ。三年ぶりだとか五年ぶりといった間隔で。
 それもずっと娘の病を治すために旅をしていると言う。
「歳のせいで店を畳もうと決めた頃でも時折やってきていたから、足掛け二十年以上は旅をしてるんじゃないかな」
 二十年にも渡る病を治す旅、果たしてその娘の病は治ったのであろうか。
 私がそう尋ねると祖父は一笑に付した。
「どうかね。だってその親子、二十年経っても年の頃から着てるものから、なんにも変わらないんだ。病っていうのはひょっとして年取らないってもんかもなぁ。だとしたらそんな奇妙な病、治せる医者なんていやしないだろう」
 まったく客商売をしていると時折そんな変わった客に巡り合う、と祖父はぼやいた。
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