みんなのアイドルになりたかった

文字数 2,332文字

 月は太陽の光がなければ輝けないそうです。社長がよくおっしゃっていたのは、「月」はメンバーで「太陽の光」はファンやスタッフ。みんなの協力があって輝けているんだと自覚しなさいということ。

 ──ですが、私たちは「月」にはなれませんでした。


 華音元年3月31日、私たちMoon light lovers!!は解散ライブを行います。公共財団法人アイドル評価機構に「不適合」と評価されたグループは初めてだということで、判断されてから毎日ニュースに取り上げられるようになりました。嬉しくないインタビューの数々も、移動中に言われた悪口も笑顔で乗り越えてきました。私たちは平気だと伝えたのですが、マネージャーたちが見ていられないということで、グループを解散することになりました。

 今日は事務所に集まって最終確認をしようということになったので集まっています。新しい衣装は今まで来たことがなかったオレンジ色の衣装で、少しテンションが上がりました。


「30年前にアイドルが増えすぎたのがいけなかったんだ。そしたらアイドル評価機構なんてできなかった。もう少し早ければ、こんなことには……申し訳ない」

「謝らないでください、私たちの努力も足りなかったことに間違いはありませんから」

「あのよくわかんない機構がいけないのです!! ぷんぷんなのです!!」

「ぶりっこしないで最年長」

「最年少なのにいつも無表情で可愛げがない子に言われたくないもん!!」

「……お前ら、相変わらずでちょっと安心した」

 2人は別の事務所に移動して、最年長はキャラを活かしてバラエティータレント、最年少もキャラを活かしてモデルという、グループ結成前から続けていた活動をするそうです。マネージャーは今の事務所でこのまま働き続けます。私たちの解散後の処理も残っているそうです。

 このグループ以外で何もしていなかった私は、やることが思いつかず明日からニートになります。事務所で事務をするかと社長に誘われましたが、他のアイドルたちが輝いている姿を何もできず見ているだけなんて、私には無理だと思ってお断りしました。


 30年前のアイドル戦国時代と呼ばれた頃から、ソロ・グループを問わずアイドルと呼ばれる人たちは3年以内ごとに文部科学大臣が認証する評価機関の評価を受けることが法律で義務付けられました。評価を行う目的は、アイドルの質の向上と改善を支援するため、また、アイドルが乱立することを防ぐため。ただでさえ少子高齢化の進むこの国で、売れるかどうか分からない歌手や俳優などを目指すために数少ない若者が非正規雇用を続けるのは良くないと偉い人たちは考えたそうです。だったら厚生労働省管轄では? と思いましたが、アイドルは芸能文化活動なので文部科学省なのだそうです。まずメスが入ったのはアイドルでした。


「どう評価するのか、最初はあるけどないようなフワフワした制度だったくせに、去年政権交代して文部科学大臣が元ドルオタになった途端これだからな」

 そうです、この制度が出来た当初は何も機能せずただ存在するだけの制度でした。なので今もアイドルの数はとても多いです。売れてる売れてないを問わず地下アイドルやローカルアイドルも含めたら、とてもとてもすごい数になるでしょう。

「ねぇマネージャー、私バカだからよくわからないんですけど、評価基準ってどうなってるんですか? これで判断基準雑だったら、あっ、えっと、本当にプンプンしちゃいますよ!」

「キャラ戻さなきゃと思って慌ててぶりっ子しなくて良いから。『適合』『保留』『不適合』の3つがあって、近年は『保留』が多かったの」

「でもなぁ……ちょっと引っかかってるんだよな」

「何かあったの?」

「ちょっと判断が文部科学大臣の趣味に忠実って感じなんだよな」

「何ですかそれ!? カム着火インフェルノォォォォオオウってなりますよ!!」

「私はもうツッコまない」

 3人は色々話をしていますが、私はただ、明日からどうやって生きていこうか、実家に戻って家業を手伝おうかと、そんなことをただただ足りない頭でせいぜい考えるばかりです。3人は私と違って少なくてもここ数週間の生きていく術があります。そして2人はまだ「月」になれるチャンスがあります。……ただただ羨ましい。

「おい、大丈夫か?」

「は、はい。大丈夫です」

「また考えすぎてたんでしょ?」

「もー! 何かあったらすぐに頼ってね」

「はい、ありがとうございます。ちょっとお手洗いに行きますね」

 憎い。協力して頑張ろうと誓ったメンバーなのに。才能があることが悔しくて仕方がない。なんで私は何もできないんだ。なんで私は「月」になれないんだ。私は、どうすれば良かったんだ。もう悔やんだってどうにもならないことは、頭ではわかっているのに。落ち着け、落ち着け。とりあえず深呼吸をする。


 解散ライブをすると発表してから尾行してくるような報道陣は少し減りました。今日も事務所を出る時に出入り口に記者は1人も居ませんでした。外は暗くなっていて、なりたいと思っていたものは空高く光り輝いています。

「そういえば、周りが暗くなければ、光っていても目立ちませんね」

 彼女たちは月になりたがっています。でなければ周りが暗くないと光っていることに気がつけません。周囲が暗くないと、彼女たちは目立てません。……それならば、私は率先して闇になりましょう。ファンでもスタッフでもない、ただの背景になるような真っ暗なものに。


 帰路に着く。街灯のない道へ入る。さようなら、また会う日まで。
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