第1話

文字数 1,848文字

「おい。真面目に仕事しろよ」
 放牧中の牛を追いながら、私は同僚に注意した。
 上司の目が届かない職場の特権とばかり、同僚は最近付き合い始めた農家の娘を呼び出してイチャイチャしている。遠距離恋愛中には目の毒だ。
「サボってなんかないぜ。彼女は七夕の短冊を集めに来たんだよ。ホラ、おまえの分。いつものアレ、書くんだろ?」
 私は頷いて、短冊を受け取った。願い事は決まっている。『七月七日の夜、晴れますように』だ。
「一年ぶりだろ? 楽しんでこい」という同僚の隣で、農家の娘が「でもぉ」と声をあげた。
「七日の夜って雨だよねぇ?」
 見せられたのはスマホの、一週間天気予報。見ないようにしていたのに、ちくしょう! そして、今年も雨か!
「いや、ちょっとぐらいの雨なら、カササギは橋を架けてくれるから大丈夫さ」
 強がりを言いながら短冊を娘に渡すと、私は仕事に戻った。

 便利な世の中になったのはいいが、情緒がない。昔はそのときになるまで天気がわからず、ハラハラドキドキしたのに。
 雨が降っていても、お互いに一縷の望みを託して天の川まで行ったものだ。奇跡的に橋が架かり、彼女の顔が見えた時の喜びと言ったら……。
 それが今じゃどうだ? 雨雲レーダーがあるために、行くまでに結果がわかってしまう切なさ。文明の利器なんてくそくらえ、だ!

 とはいうものの、私だってアナログ一辺倒の頑固おやじではない。未だにガラケーだが、タブレットは持っている。
 確かに便利ではある。
 カササギが代替わりするたびに橋を架ける場所が変わって右往左往したのは昔のこと。今はグー〇ルマップで確認できるのは正直有難い。
 牛車を曳く牛が途中で座り込んでしまっても彼女に電話して、「絶対に行くからゲームをするか、電子書籍を読んで待っていてくれ! 課金した分は払う!」と誠意を伝えることだってできる。
 おかげで、彼女が暇つぶしのためにナンパに応じてしまうことがなくなったのは嬉しい誤算だ。
 何より、毎日彼女とやり取りができるようになった。本当は返事を待つ楽しみのある手紙が好きだが、彼女が「そんなの、まだるっこしいわよ」と言うため、メールやらラ○ンをフル活用中だ。
 ス〇イプやズ〇ムのおかげで、顔を見て話すことまでできるようになった。もっとも、朝ゆっくりで夜遅い機織りの彼女と、朝早く夜も早い牛飼いの私では、滅多に応じてはもらえないが。

 7日の朝、私は彼女にライ○をした。
『おはよう! 今晩、楽しみだね!』
『でも、また雨よ。天の川の周辺って、時間潰せる店が混むからなぁ。それに警報まで出るみたいじゃない。今年は無理っぽくない?』
『両岸で手を振り合うのも楽しいじゃないか! ほら、だいぶ前にやったことあっただろう?』
 一年ぶりの逢瀬。一目でいいから、生の彼女の顔を見たい! 私は必死だった。

『うーん、ホント言うとね、今、仕事がすっごく忙しいの。うちの会社のブログ、見てくれてる?』
『もちろん! いつもステキだね、キミの作品』
 彼女が織る作品はクラシカルなデザインながらも個性的な色使いで、最近、爆発的に売れている。
『イン〇タばえするらしいし、この前はお客さんのツイがバズったのよね。おまけに有名なTi〇Tokerが私の作品を衣装に使ってくれてるから、注文が殺到してて』
『ああ、うん、そう、だね……』
 イ〇スタばえ、はわかる。ツイがバズる、も多分わかる。Tなんとか、とは何者だ??? 困ったことに年々、彼女の発する言葉がわからなくなっている。
『とにかく、天気も悪いし、今年はナシ、ね。その代わり、夜はズー〇の時間をとるわ。それともクラブ〇ウスがいい?』
 クラ〇ハウス? 部活でも始めたのか?
 盛大に?マークを浮かべながら、私は『やっぱり、〇ームがいいな』と返信し、キャラクターがハートマークを飛ばしまくっているスタンプを返した。

 今年の逢瀬はお預け――私はガックリと肩を落とした。
 便利になった現代、私と彼女の仲を裂くのは天の川ではなく、インターネットという無限に広がる海なのだ。
 だからと言って、おめおめと現状に甘んずるわけにはいかない。
 早々に決まった来年の願い事を、私はメモ帳に書き入れた。
『この世からインターネットがなくなりますように!!』
 あとは、彼女とフェイ○ブックで繋がっている農家の娘に短冊を握りつぶされないよう、一年かけて作戦を練るだけだ。
 作戦のスケジュール管理に適したアプリはないだろうか――私は真剣な表情でタブレットに指を滑らせ始めた。(終)
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