第1話

文字数 3,761文字

 ふと、遠くで花火の音が聞こえた。
夜空に輝く星々が、打ち上げ花火を彩っている。
今日は風もなく空気も澄んでいて、絶好のお花火日和だった。
お祭りか。土手の上で話し声も聞こえる。
 目を凝らして見ると、浴衣姿のカップルが楽しそうに微笑んでいるのが見えた。
(りょう)くんとりんごあめ、食べたかったな。
噛んでパリパリと弾けるあの感触が大好きで、お祭りの度にいつも買っていたっけ。
口の中でほろほろと砕けていくあの感覚は、なんだか私と亮くんを感じさせる。


 亮君との出会いは大学の新入生歓迎会のコンパだった。
乾杯しようとする先輩たちに、飲めないのに勝手に生ビールを頼まれた。
どうしようと戸惑っていると、亮くんは私にこっそり別の飲み物を渡してくれた。
ビールのにおいはしないし、なんだかちょっと甘い香りがした。
「乾杯!」の掛け声で皆一斉に飲むものだから、おそるおそる飲んでみると、軽やかな炭酸飲料だった。

 「さっきはありがとうございます」
 「急に渡されたら驚くよね、むしろ飲んでくれてありがとう」
 さっきの炭酸飲料はりんごのシャンパンで、ノンアルコールだった。目を細めてくしゃりと笑うその笑顔は、きっとモテるんだろうなと思わずにはいられなかった。話をしてみると、大人っぽく見えるけど同い年だったので一気に距離感が縮んだ。
 「よかったら他のノンアルも飲んでみない?これなんか美味しそうだよ。」
 「本当だ。じゃあ、それも頼んじゃおうかな」
 「OK。あっ店員さんすみませーん。注文いいですか」
 ざわついた店内によく通る亮くんの声は心地よかった。近くにいた店員さんに手を挙げて呼ぶと、亮くんは生ビールと私が頼んだノンアルを頼んでくれた。さりげなく先輩たちの飲み物を頼むあたり、世渡り上手で可愛がられてきたんだろうなと思った。笑うと三日月のように細くなる目元も印象的だった。


 私たちは連絡先を交換すると、あっという間に付き合うことになった。
色々な場所に行って、食の好みも同じで、体の相性も良かった。亮くんと一緒にいるのが嬉しかった。だから一緒に住むことになったのは割と早かった。毎日が楽しくて、1年が経とうとしていた。
 そんな日常を過ごしていくうちに、亮くんは私を束縛するようになった。
 もともと少し心配性の亮くんは、私が出かけようとすると「どこに行くの」、「何時に帰ってくるの」「誰といるの」と連絡を逐一入れるように要求された。
 やましいことがある訳じゃないし、別にいいやと思っていた。
でも、大学の友達に相談すると「束縛激しすぎじゃない[めた。

 学年が上がり、後輩が入ってくると、大学内はさらに賑わいを見せた。
可愛い後輩もたくさんできて嬉しかった。ご飯に誘われることも多くなった。もちろん、亮くんの監視付きだけど。スマホのGPSで位置情報を確認されるのは、もう慣れていた。
 
 そんな時、ひとりの男の子に告白されてしまった。
大学で授業が終わり、今日はもう取ってる授業も無いので帰ろうとしたその時に呼び止められた。
 「先輩。この後ちょっと時間いいですか?サークルのことで相談があって」
 「サークルのことなら、サークルの時でもいい?」
 「あ。いえ、あの、ぜんっぜん時間取らせないので!少しだけなのでお願いします!」
 「それじゃあ、まあ、少しだけなら。サークル棟の自販機のところでいいかな」
 「ありがとうございます!大丈夫です。ちょっと先に行って待ってます!」
 勢いに押されて頷いてしまった。けどまあ、サークルなら皆もいるだろうし。亮くんもいるかもしれないし。余計な詮索されるのも面倒だからちゃっちゃと終わらせて帰ろう。

そう思っていたのに。
サークル棟について、棟の横にある人の目がなさそうな自販機の場所で、あろうことか告白されてしまったのだ。
もちろん断ったけど、すがりつかれて抱きつかれてしまった。
こんなところ見られてたらまずい。特に亮くんに。
 「先輩、亮先輩と別れて俺と付き合ってください。だって亮先輩と俺、高校のころから同じだったんすけど、亮先輩…あいつは…」
 その瞬間、茂みから何かが飛び出してきた。亮くんだった。
「おいてめぇ!俺の彼女になにしてやがる!」
ボコボコに殴られ鼻から血を流してる後輩を見ながら、私は血の気が引いて、足の感覚が無くなってその場でへたり込んでしまった。

ずいぶんそうしていたのか、それとも5分と経っていないのか。
あまりの出来事に、時間の感覚が分からなくなっていた。
「何をしてるんだ君たち!!離れなさい!」
と、サークル棟の騒ぎを聞きつけて誰かが先生たちを呼んだのかバタバタとやってきた。
喧嘩だと思われたのか、亮くんも後輩もしばらく謹慎になった。ほぼ一方的に殴られ痛めつけられていたのは後輩のほうなのに。

 亮くんは家で笑ってた。
 「いやぁ、お前が後輩とサークル棟に入っていくところが分かってさ。あいつ高校同じなんだけど、人の女に手を出す最低な奴だからさ。お前が変なことされないか心配で見に行ったんだよ。そうしたら抱きつかれてるもんだから、居てもたってもいられなくて飛び出していったんだ。」
 気分が高揚しているのか、亮くんはいつもよりよく喋った。私は怖くてたまらなかった。人をあんな風に、躊躇なく殴れるなんて。流血するほど、執拗に。
 「こんなに震えて可哀想に。俺はお前を守れて誇らしいよ。」
そう言って笑う亮くんは、出会った時と同じく三日月のように目を細めて笑っていた。
 


 しばらくすると、謹慎の解けた後輩から、久しぶりに連絡が入った。
ほぼ私のせいで顔が腫れあがり、鼻から血を流し、謹慎となってしまった彼に対して罪悪感を覚えていたので私から連絡することは避けていた。
だから、向こうから連絡が来たのに心底驚いた。
連絡といってもスマホを通すと亮くんにバレてしまうから、手紙という古風な方法で、
大学の個人ロッカーの隙間に挟み込んであった。いつ入れたのか分からないけど、そこまで経っていないようにも思えた。


先輩へ
 お久しぶりです。お元気ですか。俺のせいで先輩を巻き込んでしまってすみません。
単刀直入に言いますと、亮先輩とはまじで距離を置いたほうがいいです。
高校のころからあんな風に束縛が激しくて、付き合ってきた人たち皆暴力を振るわれていたんです。近くにいる女性に声かけて、次々に手を出していくんです。
一途といえば聞こえは良いですけど、そのレベルじゃないんです。
俺も何とかならないか協力します。

先輩の無事を祈ってます。

p.s.
もしこの手紙に気づいていたら、
〇月×日の18時にA町の大橋へ亮先輩と一緒に来てください。
策があります。間に合わなければ大丈夫です。



 殺される。このまま一緒にいたら私が殺されてしまう。
亮くんが謹慎になってから徐々にそう思うようになった。
亮くんはもともとこういう気質だったのだろう。
それとも私が彼をゆがませてしまったのか。
今となっては分からない。
書いてあった日付は来週のことだったので、後輩の言うとおりに亮くんを誘った。
デートしようと言うと亮くんは笑顔で応じてくれた。
 「誘ってくれて嬉しいよ。実は俺もお前を誘おうと思っていたんだ。」
 「そうなんだ」
 「だってその日は、A町の夏祭りがあるじゃないか。花火、一緒に見に行こうな」



 当日、時間通りに亮くんと大橋の辺りに行くと、浴衣姿の人たちでごった返していた。
花火はもう少しで上がるらしい。

 人が多すぎて息苦しくなったので、私は亮くんを土手の方へ連れていき、暗闇の中茂みを移動した。本当に、それだけだった。別にほかの意図なんかなかった

 人気がなくなって、皆が花火を心待ちに、テレビ中継の生放送なのか盛り上がるマイクや効果音が聞こえる中で。茂みの中から突然、何かが亮くんにしがみついてきた。
亮くんは驚き声をあげるも、その声は苦しそうにゆがみ、うめき声となっていった。
私はびっくりして何が起こったのか分からず、蛇でも出てきたのかとオロオロしていた。蛇にしては大きい影だったし、不審者か、怖い、逃げたい。
 「先輩。無事でしたか」
 「その声は…」
 手紙で私を呼び出した張本人だった。どうして、ここにいるのか分からない。
 「先輩の後ろをつけていたんです。亮先輩は俺が何とかするので、先輩は逃げてください」

 茂みの中に水たまりがあった。川辺の近くだから、土から湧き出てきたのだろう。
足元をゆらりと見てみると、私の太ももごしに、水面に光が反射して幻想的な風景が見えた。
花火が上がる時間になっていた。
きらきら、ゆらゆら、ぴかぴか。ピンクやイエロー。そして紫に青色に茶色。
私の至る所にある痣も幻想的な風景の一部に見えてしまうくらいに、本当に奇麗だった。
亮くんには日ごろ暴力を振るわれていた。
きっと私が期限を損ねさせてしまっていたのだから仕方ないと思う。
水面に顔をうずめる亮くんも、服が色とりどりに煌めいていた。

 私の太ももと同じ色の顔をした亮くん。ナイフを持って亮くんを何度も刺す後輩。
りんごあめのコーティングのようにツヤツヤと真っ赤に染まるナイフと、鮮血で染まっていく亮くんの服。
花火は遠くで打ちあがり、花火に対する声援なのか悲鳴なのか分からない声々も聞こえた。
この光景は、一生忘れることができないだろう。
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