第1話

文字数 1,982文字

十二月になったばかりの日。
……猫カフェの、テレビ台と床の隙間に、サンタクロースが挟まっていた。

よくまあ、こんなところに挟まるものだ。

わたしはこの猫カフェのバイトだ。

閉店後の掃除や、レジの締め作業をしていると、
突然声がして、その声を辿ると、
サンタの格好をした男が隙間に挟まっていたのだ。

男は床にうつ伏せの体勢で、頭から足先まで、すっぽり隙間に埋まっていた。

黒髪短髪の若いお兄さんだった。
寝転がっているので、正確には分からないけれど、身長も高そうだ。

お兄さんは「引っ張ってください」と、
唯一自由に動かせる左腕を、テレビ台の外側に出して、じたばたとしていた。

苦しいのか、涙目でわたしを見て、必死に助けを求めている。

——助けるか? いや、こいつは、変質者だ。

サンタのお兄さんを見下げて、わたしは思案する。

——だって、さっきまで、隙間に挟まっている人なんていなかった。

「嫌です」

「そんな!」

ガーン、と効果音がつきそうなくらい、お兄さんは顔を青くした。
そして、慌てた様子で叫んだ。

「僕は、本物のサンタクロースです!」

……やっぱり、こいつは変態だ。通報しよう。

通報するために、ポケットからスマホを取り出す。

変装をしなければ、爽やかそうなお兄さんなのに。
世の中、残念な人間っているものだ。

そんなお兄さんは、隙間の中で猫に埋もれて、窒息しそうになっていた。

もふもふ地獄。

いや、言っている場合じゃないか。

何故か、先ほどから異常なほどに、猫がお兄さんの周りに集まってくるのだ。

動物に好かれる体質なのか?

みゃーみゃー、と鳴く猫に囲まれて、身動きも取れずに、通報されそうなお兄さん。

なんだか可哀そうにも思えて、顔周りの猫をどかしてやる。

窒息を免れたお兄さんは隙間で懸命に動き、自由の利く左手で、わたしに何かを差し出した。

「これを、あなたに渡したくて……」

紫色の光沢のある箱。一カートンでまとまった煙草の箱だった。

「たばこ?」わたしは首を傾げた。

お兄さんは、何故か顔を赤らめて、隙間で女子高生みたいに、はにかんでいる。
意味がわからん。

「プレゼントです」

「え、わたし、もう煙草吸ってないけど」

半年前に、猫カフェのバイトを始めてから、猫に悪くて、煙草を吸うのをやめていた。

お兄さんは、また顔を青褪めさせて、落ち込んだ様子だ。

なんだか、憐れになってきた……。

「ごめん、悪いことした……?」

「いいんです。それしか、あなたの好きなものが、分からなくて。
子供の好きな物なら、故郷のサーバーからデータを調べられるんですけど、
成人になってしまうと、データを抜かれる仕様になってまして……。
ああ! 変質者じゃないんです! 通報しないで! 
ただ、御礼がしたくて……」

まるで犬みたいに、お兄さんはしゅんとする。

お兄さんの話をまとめるとこうだ。

去年のクリスマス直前、お兄さんは、クリスマスケーキの売り子をしていた。

(本当か分からないけど、新人のサンタは、資金集めのため、
人間界でバイトをしないといけないらしい)。

初めての人間界で、冷たい人ばかりだと落ち込んでいると、

喫煙室で一緒になったわたしが、お兄さんを慰めたという。

当時のことをわたしは覚えていないが、御礼をしたいとお兄さんは思ってくれていたようだ。

「去年は、本業が忙しくて御礼をしそびれてしまい……、
やっと今日、あたなに会いに来れたのですが、自分の大きさを見誤って、
挟まってしまいまして……。ああ、サンタって、隙間から召喚されるんです」

信じられない話だ。でもお兄さんのきらきらした目を見ていると、
つい煙草を受け取ってしまう。

「どうも」とわたしが言うと、

「次はもっと喜ばれるものを持ってきます」とお兄さんは返した。

お兄さんは、嬉しそうに笑って、そして、

「消えた……」

隙間には、猫しかいない。




一人暮らしのアパートに帰宅して、暗い部屋に電気を点ける。

元々、イベントごとに疎いので、クリスマスに特別な思い入れはないのだが。

レジ袋に入れて帰った、煙草を見て唸る。

困った。

捨てるの申し訳ないし、友達にでもあげようかな。

でも、しゅんと項垂れるお兄さんが頭に浮かんで、どうも気が進まない。

「うーん」もう一度、大きく唸る。

その時、部屋に置いた観葉植物に目が行った。

わたしの背程ある大型の種類で、小さな木のような見た目をしている。

この煙草の箱って、光沢があるし、クリスマスツリーのオーナメントにも似てる気がする。

——なんて発想ですか! 全然違います!

わたしの脳内で、しゅんとするどころか、大粒の涙を流すお兄さんが、訴えかけている。

「ふふ」

おかしくて、一人暮らしの部屋で久しぶりに笑う。

煙草にテープで紐をつけて、観葉植物に引っかけた。

本物のクリスマスツリーには、到底及ばない見た目。

お兄さんにまた会えたら、写真を見せてあげよう。

怒ったり、泣いたりしちゃうかな。

クリスマスが楽しみだ。
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