本文

文字数 3,182文字

2019年、履歴書のテンプレートから「性別」の欄が消えた。
雇用における男女差別を軽減しようという厚生労働省の思惑である。
ただそんなことは、自分の会社には無関係やと思っていた。
今年に入るまでは――。
「本年度より新しく赴任いたします、神宮司真宙です」
そいつは、男のようにも見えたし、女のようにも見えた。
「彼は京大卒でしてね。英語と中国語ができるそうです」
課長に紹介されて、そいつはぺこりと会釈する。
(「彼」やから男か)
男にしてはずいぶん細い。これが映え・・・Z世代というものか。
俺の視線に気づいたのか、こちらを向いてニコッとする。
(まあ、かわいい顔はしてるけどな……)
「じゃあ教育担当は神薙」
「え゛っっっっ」
課長は俺の名を呼ぶと、神宮司の教育係を押しつけた。
「俺ですか?」
「うん、よろしく頼むよ。しっかり教えてあげてくれ」
そういうわけで俺は、新人教育をすることになったのだ。
我が社、「リトルソフトウエーブ株式会社」はゲーム制作会社だ。
基本的にはアーケードやアクション、恋愛シミュレーションなどを作っている。
最近はスマホアプリの開発にも手を広げているところだった。
「ここがうちらの部署」
新入社員を連れて、社内を案内する。
「この部屋は開発室って言って、いろんな人がここで作業してるねん。君もそのうち入ることになると思うわ」
「はい」
「それでさっきのが企画部。ここはみんな出払っとるみたいやな。今は」
神宮寺はきょろきょろと辺りを見回している。
「あの……僕、本当に企画部に入って良いんですか?新人なのに・・・」
「俺が決めた訳じゃないし・・・早速だけどなんか企画書ある?」
「あ、はい。色々作ってはきました」
彼の見せてきた企画書は、なんと言うか面白みがなかった。いわゆる地味ゲーとか作業ゲーとか言われるものだし、キャラデザもあまりパッとしないし。
でも俺はなぜかその企画書に惹かれた。
「まぁ、作ってみる?今すぐはムリやけど、仕事に慣れてきたら追々」
「あ、ありがとうございます!」
その3年後、俺と奴の立場はあっという間に逆転した。
彼の作ったタイトル「リムワールド」は爆発的な人気を得て、俺たちの企画部は大忙しになった。
俺は彼の部下になり、毎日残業続きだ。
「神宮司さん、そっちどうなってます?」
「ああ、順調ですよ。もうちょっと待ってくれれば、いいものができますんで」
「わかりました!それまで私が何とかします!」
そしてまた1か月後、俺たちはやっと一息つくことができた。
「神宮司さん、お疲れ様です。これ飲んでください」
「あ、すいません神薙さん。ありがとうございます」
「いえ、これくらいしかできなくてすみません……」
俺は申し訳なさそうに言えば、彼は驚いたような顔になる。
「そんなことで謝らないでください!むしろ神薙さんはいつも僕を助けてくれるので感謝してるんですよ」
「そんなことないです……。俺の方が助けられてばかりですもん……」
「いや、ほんとに感謝してるんですから。僕の方こそ神薙さんの足を引っ張ってばかりで・・・」
「えー、そんなことありませんよ」
「ありますって」
「ありません」
「あります」
「好きです」
「ありま・・・え?」
「だから、俺、神宮寺さんのことが好きですって!」
俺の顔は真っ赤に染まっているだろう。
「な、何を言うてはるんですか!?」
「本気なんです!好きなんです!」
神宮寺さんは困ったように顔を伏せる。
「……神薙さんにはもっと素敵な人がいますよ」
「あなたがいいんです!!」
「僕はダメな人間なんです」
「どうしてですか?」
「だって僕は・・・嘘つきですから」
「嘘つき・・・・?」
どういう事だろう、と思う前に、彼は立ち上がって言った。
「今日はもう帰りましょう。神薙さんも休んだ方がいいですよ」
「でもまだ終わってませんよ?」
「あと少しなので明日で大丈夫です。それに僕のせいで神薙さんに倒れられたら大変だし」
「そっか……それなら仕方がないですね」
俺は席を立つと、荷物をまとめて帰る準備をする。
「じゃあ、失礼しますね」
「あ、神薙さん」
「ん?」
振り向くと、彼は真剣な顔でこちらを見ていた。
「あの……実は僕もあなたのことが好きだったりします」
「えっ?」
「でも、ごめんなさい。それはたぶんあなたの言う『好き』とは違います・・・」
「あ、うん。そうだよね、知ってました」
「すいません」
「ううん、忘れてください」
「神薙さん」
「何?」
「僕の本当の名前は真宙ではありません。神宮司真宙は・・・双子の兄です」
「え・・・じゃあ本当の名前は?」
「僕は神宮司奏。本当は京大なんて出ていません。兄が事故で死んだとき・・・僕は兄に成り代わった。経歴も、名前も、全部嘘なんです」
「そんな・・・」
「ごめんなさい。騙すつもりはなかったんですけど、どうしても言えなかった。こんな弱い僕でごめんなさい」
「いいよ、謝らんでも。君が君であることに変わりはないやん?」
「でも、でも僕は―――」
「君は君だよ。それ以上でもそれ以下でもない。俺の愛しい人」
「神薙さん・・・」
「だからさ、もう泣かんといて?私は君の笑顔が好きなんだから」
「でも、でも僕には無理だ・・・」
「私がそばにいるから、安心しぃ?これからは私が守ってあげるから」
「神薙さん、神薙さん・・・」
「大丈夫。私はここにいるよ」
「ああ、あああ・・・」
「ほらほら・・・」
それから1時間、私は彼に抱きつかれていた。
「すみません・・・みっともなくて・・・」
「いいよいいよ、気にしないで。それより、帰ろっか」
「ハイ」
俺達が廊下に出ると、向こうから丁度部長がやって来た。
「神宮司。ちょうどよかった。きみの退職の件なんだが、来週でいいかな?」
「え?なんの話ですか?」
神宮司は困惑した様子だ。
「おいおい、聞いてないのか?」
「はい、何も……」
「そうか。4作目にクレームが多くてな、君は降板することになった。急だが明後日には辞めてもらうことになる」
タイトル4作目。主人公を変更し、路線をガラリと変えた作品。
そのせいでユーザーからは不評を買ったらしい。
「そんな、僕はまだやれます!」
「駄目だ。これ以上は会社に迷惑がかかる」
「嫌です!お願いします!!」
「わがままを言うんじゃない!!これは決定事項だぞ!?」
部長はそう言い捨てて帰っていった。
そして俺の方を見て、申し訳なさそうに言った。
「すみません神薙さん……。僕のせいで……」
「いえ、俺は別に・・・」
「神薙さん。神薙さんはゲイなんですか?」
急な質問だった。
「え!?」
「すいません。でも、気になってしまって」
「違うで。普通に女の子が好きや」
「本当ですか?」
「もちろん」
「・・・よかった。じゃあ僕を雇ってください」
「へ?」
「だって僕が無職になったら神薙さんも嫌でしょう?」
「そりゃそうだが・・・」
「それに僕がいれば神薙さんの生活も楽になりますよ?」
「でも君には才能がある。このまま埋もれさせるわけにはいかない」
「でも、僕は神薙さんの子供を産みたいです」
こど・・・何だって?
「な、何を言ってるんだ!?」
「神薙さん、僕と結婚してください!」
「はぁっ!?いや待て何かがおかしい・・・確かにお前のことはす好きやけど・・・待て、子供ってどういう意味や!?お前まさか・・・」
「すみません、今までずっと黙っていましたが、僕は実は女なんです」
「ええええええ!!!」
「神薙さんは女の子が好きなんですよね?なら何も問題ないと思いますよ?あ、疑うようでしたら今ここで脱ぎましょうか?」
「ちょちょちょちょちょっと待って!?する!!!するから結婚!!!だから今は服を脱ぐのはやめてくれ!!」
「やったー!これでずっと神薙さんと一緒に暮らせます!!」
「あ、あかん・・・なんか知らんうちに話が進んでしまった・・・」
外を見れば、もう日が昇りかけている。
これから俺のジェンダーレスな結婚生活が始まるのだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み