第1話
文字数 344文字
世の中にまだスマホというものが普及していなかった頃、新調したばかりのガラケーできみの写真を撮った。長い黒髪の向こう側で煙草を咥える瞬間を偶然切り抜いたその一枚をきみは大層気に入って「この写真遺影にしようかな」なんて言って笑っていた。それから何枚もきみの写真を撮った。スマホで。デジカメで。フィルムカメラで。一眼レフで。きみのいちばんのお気に入りはずっと変わらなかった。十年も経たないうちにきみの葬式に参加する羽目になった。遺影の男は髪が短くおれの知らない笑い方をしていて、棺の中に花を一輪だけ入れて葬儀場を出た。あのガラケーはもう壊れてしまったから、今更遺影にしたいと言われてもおれにはどうしようもない。帰り道、スマホに残ったきみの写真を一枚一枚消しながら、降りてくる遮断機をくぐった。