第11話 軌跡

文字数 1,163文字

 会場は静まりかえっていた。その空気に、一筋の声が響いた。
「面有り!」
 小雪は聞こえてきた声に従って、無意識的に竹刀を収める。とりあえず、試合は終わったようだ。

 全員での礼を済ませ、試合場から離れた時だった。
「小雪!」
 奈月が真っ先に駆け寄った。
「奈月……試合、終わったんだよね? 私……」
「勝ったんだよ。小雪のおかげで、私たちが勝ったの。ありがとう、小雪」
 奈月は泣きながら抱きついた。小雪は苦笑いしながら「苦しいよ」と奈月の背をたたく。
「そうだった、ごめん。面取ってなかったね」
 面を取って視野が広がると、奈月以外のメンバーの顔も見えた。ほぼ全員が涙ぐんでいる。
「ちょっと……なんでみんな泣いてんのよ」
「泣くでしょ、そりゃ。あんな感動的な試合見せつけられたんだもの」
 唯が声を震わせながら答える。一年生たちは声もなく泣き続けている。
「……勝ったんだから、泣くのやめなさいよ。もうすぐ表彰式始まるんだからね」
 小雪はトイレに行くと言って、一人その場から離れた。

 (よかった……)
 一人になるなり、力が抜けた。小雪は近くの壁に手をついて体を支える。
(怖かった……みんなの努力を無駄にしなくて済んだ)
 まだ手が震えている。
「……あんた、こんなところで何してんの」
 顔を上げると、先程の代表決定戦の相手、竹中(たけなか)がいた。
「チームの人とはぐれたの? 迷子?」
「……そんなわけないでしょ。あんたは……やっぱ、なんでもない」
 小雪も竹中に何をしているのか聞こうとしたが、その赤く腫れた目を見れば、口にするのは野暮だと思った。
「別に、気なんか遣わなくてもいいわ。チームが負けたのも、私が負けたのも事実だもの……でもやっぱり、代表決定戦やって負けたっていうのは、感じる責任が違うわね」
 竹中は小雪の隣に並ぶ。
「私は、怖かった。剣道って、個人競技だと思ってたのよ。それで奈月……うちの大将ともケンカして」
「……気持ちはわからなくもないわ。事実、個人戦なら自分にしか責任はいかないものね」
 でも、と竹中は小雪を見る。
「少なくとも私は、今回の試合はあなたたちのチームに負けたと思ってる。結果的に勝負を決めたのはあなただけど、その前にメンバーたちが築いてきた道があんたの勝利を生み出した……あなたがどう思ってるのかは知らないけど、私はそう感じたわ」
 小雪はその言葉を噛み締めた。たしかに、彼女の言う通りだ。
「……仲間って、大事なのね」
「当たり前でしょ。団体戦は、一人じゃ勝てないんだから」
 小雪は寄りかかっていた壁から体を起こした。
「奇跡を起こすには、軌跡が必要ってことね」
 そう言うと小雪は、晴れやかな顔で笑った。
「何? 親父ギャグには早すぎる年じゃない?」
「そういうつもりじゃないんですけど」
 言い合いながら、小雪と竹中は仲間の元へと戻っていった。
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