第1話
文字数 1,985文字
額から滴り落ちる汗を指先でぬぐい、ガラス戸の向こうでにこやかに談笑する上司を見つめる。
上司の手には氷の入った麦茶。思わずゴクリと喉が鳴った。
炎天下で持っていたペットボトルはすでに温くなっており、炭酸が抜けてただの甘い水になっている。
ガラス越しに上司と目が合う。軽く手を挙げただけで、もう少し時間がかかると言うことを伝えてくる。
真っ青な空には雲一つなく、太陽がジリジリと肌を焼く。堪らずに立ち上がり、視界の端に見えていた自動販売機まで歩いた。
ポケットから小銭を取り出し、緑茶のボタンを押す。ガコンと重たい音の直後に、軽快な電子音が響いた。どうやらこの自販機は、スロットがついているもののようだった。
どうせ当たらないだろうと目を離した瞬間、ファンファーレが鳴り響いた。見れば三つの七が揃っており、もう一度商品が選べるようになっていた。
一番値段の高いエナジードリンクを選び、小さなラッキーに顔をほころばせたとき、再びファンファーレの音が聞こえた。
まさか一日に二度も当たるなんてと驚きに顔を上げれば、三つ並んだ風のイラストが目に入った。
数字ではなくイラストなんて新しいなと思っていると、急に灼熱の太陽が和らぎ心地良い冷たい風がどこからともなく吹いてきた。
何が起きているのかと上空を見ても、何の変哲もない夏の空があるだけだ。早く飲み物を選べと、急かすようにボタンが点滅する。
これ以上の飲み物はいらないと思いつつ、勿体ない精神で選んでしまう。
三本目の飲み物を取り出し口から出そうとしゃがめば、またしても甲高いファンファーレが周囲に響き渡った。
三度目までは許容が出来たが、さすがに四度目ともなると薄ら寒さすら感じてしまう。
恐る恐る液晶を確認してみれば、綺麗な女性の絵が揃っていた。
「ごめんなさい神代君、待ったわよね」
凛と響く声に振り向けば、見たことのない綺麗な女性が立っていた。
見知らぬ女性は、親し気にそう言ってこちらに近付いてくると微笑んだ。
「暑かったでしょう? 次は一時間後の予定だったわよね?」
「えっ、いや……どちら様ですか?」
「どちら様って、高梨よ」
その名前には聞き覚えがあった。先ほどまで上司が座っていた場所に目を向ければ、空になったグラスだけが置かれていた。
「部長、ですか?」
「そうよ。大丈夫? 熱中症にでもなったんじゃない?」
心配そうに顔を覗き込まれ、思わずのけ反る。ふわりと広がった髪から、爽やかなシトラスの香りが漂ってきた。
小太りで頭頂部が少々寂しくなってきていた上司の顔と、目の前の美女の顔が重なる。一切似ていないにもかかわらず、元から部長は彼女だったような気がしてくる。
手元には四本の飲み物、照り付ける太陽には肌を焦がすような強さはなく、吹く風は楽に呼吸ができる程優しい。目の前には、目を見張るような美女へと変わった上司。
この不可解な全ての原因は、まぎれもなく自動販売機だろう。あそこで飲み物を買い、スロットに当たってからおかしなことが起こり続けているのだから。
点滅するボタンの下、クルクルと絵柄の変わる液晶を凝視する。
車に家、黄金に輝く金の延べ棒の絵まであるが、ドクロやナイフなど、不気味なものもあった。
ゴクリと喉を鳴らし、ボタンを押すか否か悩む。
ここで終われば、四本の飲み物と涼しい夏、美麗な上司を手に入れることができる。物騒な絵柄にあたり、何が飛び出るのか分からない恐怖を抱かずに済む。
しかし、当たりの絵柄は魅力的だった。
一瞬の迷いの後、覚悟を決めて人差し指をボタンへ伸ばす。
(大丈夫だ、四度も当たったんだ。きっと次も何かしら当たるはず。次に当たったら終わりにしよう)
一縷の望みをかけて強く押し込み目を瞑った。
(頼む、悪いもの以外だったら何でも良いから……!)
やけに長く感じる時間の後、祝福のファンファーレが鳴り響いた。
何が当たったのか確認するよりも前に、ガッツポーズをして雄たけびを上げる。その瞬間、気が抜けた音が響いた。
恐る恐る絵柄を確認すれば、三つ全部にハズレと書かれていた。
ハズレたのなら、何が当たったのだろうかと考えていると、息もできないような熱風が体を包み込んだ。手に持っていた飲み物も、いつの間にか消えている。
「どうしたんだ神代君、大丈夫か?」
いつもの高梨部長の低い声がする。頭皮が薄く見えている頭を、渋い柄のハンカチで拭いていた。
「いやー、それにしても暑いな。神代君も暑かっただろう? 何か飲み物おごるよ」
スーツのポケットから財布を取り出し、自販機に向かう彼の前に立ちふさがった。
「部長、駅前のコンビニで、今ならアイスコーヒー百円なんですよ」
ハズレでも当たりは当りだ。ここでやめる約束だ。
次に期待をかけて課金し続けても良いことはないと、スマホゲームで学んでいるのだ。
上司の手には氷の入った麦茶。思わずゴクリと喉が鳴った。
炎天下で持っていたペットボトルはすでに温くなっており、炭酸が抜けてただの甘い水になっている。
ガラス越しに上司と目が合う。軽く手を挙げただけで、もう少し時間がかかると言うことを伝えてくる。
真っ青な空には雲一つなく、太陽がジリジリと肌を焼く。堪らずに立ち上がり、視界の端に見えていた自動販売機まで歩いた。
ポケットから小銭を取り出し、緑茶のボタンを押す。ガコンと重たい音の直後に、軽快な電子音が響いた。どうやらこの自販機は、スロットがついているもののようだった。
どうせ当たらないだろうと目を離した瞬間、ファンファーレが鳴り響いた。見れば三つの七が揃っており、もう一度商品が選べるようになっていた。
一番値段の高いエナジードリンクを選び、小さなラッキーに顔をほころばせたとき、再びファンファーレの音が聞こえた。
まさか一日に二度も当たるなんてと驚きに顔を上げれば、三つ並んだ風のイラストが目に入った。
数字ではなくイラストなんて新しいなと思っていると、急に灼熱の太陽が和らぎ心地良い冷たい風がどこからともなく吹いてきた。
何が起きているのかと上空を見ても、何の変哲もない夏の空があるだけだ。早く飲み物を選べと、急かすようにボタンが点滅する。
これ以上の飲み物はいらないと思いつつ、勿体ない精神で選んでしまう。
三本目の飲み物を取り出し口から出そうとしゃがめば、またしても甲高いファンファーレが周囲に響き渡った。
三度目までは許容が出来たが、さすがに四度目ともなると薄ら寒さすら感じてしまう。
恐る恐る液晶を確認してみれば、綺麗な女性の絵が揃っていた。
「ごめんなさい神代君、待ったわよね」
凛と響く声に振り向けば、見たことのない綺麗な女性が立っていた。
見知らぬ女性は、親し気にそう言ってこちらに近付いてくると微笑んだ。
「暑かったでしょう? 次は一時間後の予定だったわよね?」
「えっ、いや……どちら様ですか?」
「どちら様って、高梨よ」
その名前には聞き覚えがあった。先ほどまで上司が座っていた場所に目を向ければ、空になったグラスだけが置かれていた。
「部長、ですか?」
「そうよ。大丈夫? 熱中症にでもなったんじゃない?」
心配そうに顔を覗き込まれ、思わずのけ反る。ふわりと広がった髪から、爽やかなシトラスの香りが漂ってきた。
小太りで頭頂部が少々寂しくなってきていた上司の顔と、目の前の美女の顔が重なる。一切似ていないにもかかわらず、元から部長は彼女だったような気がしてくる。
手元には四本の飲み物、照り付ける太陽には肌を焦がすような強さはなく、吹く風は楽に呼吸ができる程優しい。目の前には、目を見張るような美女へと変わった上司。
この不可解な全ての原因は、まぎれもなく自動販売機だろう。あそこで飲み物を買い、スロットに当たってからおかしなことが起こり続けているのだから。
点滅するボタンの下、クルクルと絵柄の変わる液晶を凝視する。
車に家、黄金に輝く金の延べ棒の絵まであるが、ドクロやナイフなど、不気味なものもあった。
ゴクリと喉を鳴らし、ボタンを押すか否か悩む。
ここで終われば、四本の飲み物と涼しい夏、美麗な上司を手に入れることができる。物騒な絵柄にあたり、何が飛び出るのか分からない恐怖を抱かずに済む。
しかし、当たりの絵柄は魅力的だった。
一瞬の迷いの後、覚悟を決めて人差し指をボタンへ伸ばす。
(大丈夫だ、四度も当たったんだ。きっと次も何かしら当たるはず。次に当たったら終わりにしよう)
一縷の望みをかけて強く押し込み目を瞑った。
(頼む、悪いもの以外だったら何でも良いから……!)
やけに長く感じる時間の後、祝福のファンファーレが鳴り響いた。
何が当たったのか確認するよりも前に、ガッツポーズをして雄たけびを上げる。その瞬間、気が抜けた音が響いた。
恐る恐る絵柄を確認すれば、三つ全部にハズレと書かれていた。
ハズレたのなら、何が当たったのだろうかと考えていると、息もできないような熱風が体を包み込んだ。手に持っていた飲み物も、いつの間にか消えている。
「どうしたんだ神代君、大丈夫か?」
いつもの高梨部長の低い声がする。頭皮が薄く見えている頭を、渋い柄のハンカチで拭いていた。
「いやー、それにしても暑いな。神代君も暑かっただろう? 何か飲み物おごるよ」
スーツのポケットから財布を取り出し、自販機に向かう彼の前に立ちふさがった。
「部長、駅前のコンビニで、今ならアイスコーヒー百円なんですよ」
ハズレでも当たりは当りだ。ここでやめる約束だ。
次に期待をかけて課金し続けても良いことはないと、スマホゲームで学んでいるのだ。