第1話

文字数 1,386文字

 日本がバブル景気に浮かれていた頃、俺も浮かれていた。もうすぐ日本経済が低迷し暗黒の四十年を迎えるなんて誰も予想していなかったように、俺も悲劇を想像していなかった。この決勝の試合に勝って甲子園に行くと俺は思っていた。それは俺だけじゃない。チームメイトもスタンドの応援団も皆、そう信じていた。俺たちは勝つ。絶対に! そう確信していた。
 四対三、俺たちの一点リードで迎えた九回表の攻撃はツーアウトになっていた。真夏の太陽を浴びてグラウンドは地獄のような暑さだ。優勝候補筆頭だった相手チームは格下の俺たち相手に大苦戦し、そして暑さに焼かれて苛立っている。俺に打順が回ってきた。俺はバッターボックスで構える。来た。初球にど真ん中の甘めストレートが来た! 俺はバットを強振する。しまった、絶好球すぎてタイミングが狂った! ぼてぼてのゴロがショートへ転がった。それをショートが、まさかのトンネル! 俺は一塁へ駈け込んだ。ボールの行方を追う。ショートが後逸した球をレフトが捕球する……かと思ったら、これもトンネル! 俺は一塁を蹴って二塁に向かった。カバーに入ったセンターがボールを拾う……いや、こいつもトンネルした! 俺は二塁から三塁へ向かった。三塁コーチが腕をグルグル回すのが見えた。本塁突入だ! おれはホームへ走った。その途中で足がもつれ、転ぶ。派手に三回転したけど立ち上がった。再び走り出す。そこへ好返球が来た。ヘッドスライディング、そして本塁クロスプレー! アウト。転ばなければセーフだった、と思いつつ九回裏の守備に就く。
 九回裏、相手の攻撃は、あっという間にツーアウトとなった。この時が、俺が最も浮かれていた時間だったろう。そこからヒット、四球、死球で、あっという間に満塁となった。だが、残りアウト一つを取れば、それでいい。それで俺たちは甲子園出場なのだ!
 ピッチャーが投げた。バッターが打った。ボテボテのゴロが俺の守るショートへ飛んできた。勝利を確信していた俺はボールを捕球する前にガッツポーズをした。股の間をボールが転がる。同店のランナーが本塁を踏む。レフトが捕球してバックホームしたがセカンドランナーも帰って、俺たちは逆転負けした。すべての敗因が俺のせいになった。皆からの非難に耐えられず、俺は高校を退学し、故郷を離れた。何処へ行っても上手くいかず、なんて最悪な人生だと思いながら、日本を後にする。
 あれから四十年だ。日本経済は悪化の一途をたどり、その長いトンネルを抜ける兆しさえ見えてこない。だが、俺の人生は幸運にも逆転した。革命騒ぎに揺れる某国の山中に掘られた核シェルターのトンネル内で、処刑された独裁者の隠し財産を見つけたのだ! 莫大なマネーを手に入れた俺は今、故郷へ帰る電車に乗っている。この長いトンネルを抜けると、もうすぐ俺の生まれた街が見えてくるのだ。俺を責め抜いた奴らに、俺が手に入れた大金を見せつけてやる! そんなことを考え、ほくそ笑みながらトイレに入ると、見知らぬ男が続けて入ってきた。文句を言おうとする俺の左肩に、そいつの手が伸びる。そこに痛みを感じた次の瞬間、俺は全身の力が抜け、立てなくなった。トイレの狭い床に這いつくばる。そんな俺に男が言う。隠し財産を返してもらおう、と。外国語だった。目の前が暗くなる。まるで列車がトンネルに入ったかのように。
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