さようなら

文字数 574文字

 青が広がる空には大きな入道雲が浮かんでいた。うっすらと飛行機雲だろうか、まっすぐな白い線も見える。それに対し、目の前の海はケチャップのような色をしている。夜光虫が居るのだろう。たまに吹く風が、お気に入りの白いワンピースの裾を揺らす。

 家にあった創作ノートを全部持ってきた。今時アナログだなんてバカみたい。でも、私はパソコンよりもノートに色々書いた方が頭がスッキリした。日記も家計簿も雑記も……そして小説も。

「もう、私は何も書かないよ」

 頑張ったって意味がない。SNSのフォロワーが多ければ評価されウェブ連載やら書籍化やら道筋が決まって舗装された道を歩いて行くんだ。人気のある人に気に入られれば、おススメされて何も実績がなくても(いざな)われるらしい。

 私も入道雲に届くような向日葵みたいに一生懸命背伸びした煙をあげよう。そしたらこのノートたちも成仏できるだろう。父親のデスクの上にあったライターをポケットから取り出す。

「さようなら」

 そう言って足元のノートに火をつけると、風の力とあいまって真っ赤な火はすぐに広がっていった。お気に入りの設定も、初めて書き上げた小説も、次々と泡のように消えていく。今、うちの子たちは熱い熱いと叫んでいるかもしれない。両手を合わせ、目を閉じる。

 ──ごめんね。もう私、頑張りたくないの。
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