第1話

文字数 1,530文字

まずメガネ。これはすでにかけている。次にマスク。あっ、メガネあるとマスクかけにくいから一旦メガネ外して、でマスク装着。再度メガネ。レンズが曇らないよう、マスクをアゲアゲ。で、イヤホン。耳にかけて付けるタイプのやつ。

……多いんだな。耳にかける物が。
ヒィヒィ言ってるよ。耳のふちが。耳輪っていうらしいよ。重量差ありすぎて耳ヒィーンなるわ!って、そこまでなるか!ならんわ!

でも多いわ。耳のふちに物が触れすぎ。

――触れること。に気をつかわなければならない昨今。やけに人に触れた・触れられた日があったのを思い出す。

人、人、人。
その日の東京ビッグサイトには、人が溢れていた。森という漢字が、人でできてしまうくらいに。

その森――じゃなくて、ビッグサイトの中に私もいた。群衆の中の一人、私は蟻になっていた。

蟻さん――じゃなくて、私が来たのはAKB48の握手会のためだった。
当時はAKB48の全盛期。
48グループ(っていうのか?)はまだSKEとNMBしかなく、私が握手会に行ったのはHKT48ができる少し前だった。

その日は、佐藤亜美菜ちやん(元AKB48)と松井玲奈ちゃん(元SKE48)と握手をした。
私の手と彼女の手が触れ合う。
おお!亜美菜ちやんの手に触れている!
夢の時間は「はい終わりでーす」と機械的に言う剥がし屋によって、すぐに幕が閉じられてしまう。

松井玲奈ちゃんの懸命な姿は、見習わなければと思うほど感動した。レナレナレナレナ、レナちゃ~~~ん!!!と叫ぶことは自重した。

あくまでこれは「触れること」に関する文章で、握手会についてこれ以上書くのは、「キモいいね」の増加を招くだけになりそうなので、東京ビッグサイトからは出ることにする。

友人と地元に戻り、スシローで寿司を食べてから別れた。寿司を食べるときは、あまり箸を使わず手で直接触って食べるほうが多い。

その後、私は一人でゲームセンターへ。
「MJ」という麻雀ゲーム。このゲームに一体いくら費やしたことか……。

数時間前にアイドルと握手した手。その指でゲーム画面をタッチする。牌を捨てる。チャッチャ。「鳴きますか?」チャッチャ。何気なくチャッチャしていると画面に突然イナズマが発生して、見知らぬ相手からデカい和了をくらったりもする。

麻雀ゲームをしていると、私の肩に触れる手。振り返ると、以前にアルバイトをしていたときの後輩がいた。

肩をたたいてきた後輩とは、少し話をして別れた。私は財布にあるだけの100円玉を筐体に流し込み、麻雀ゲームに興じた。

これ以上プレイすると、負けた怒りで筐体を叩いてしまうかもしれない(注:そんなことはしたことありませんが)、ってくらいのところで、ゲームをやめた。

お正月はめっちゃ混雑するローカル線に乗り、自宅へ向かう。

赤い電車の中で目をつむる。
すると、誰かが私に触れてきた。
目を開けると、中学の同級生、同じ部活だった友人が立っていた。懐かしい話をしながら、彼とは別々の駅で降車した。

アイドルと握手をして、一日2回も知人に触れられて出会った。寿司にも触った。
そんな珍しい日だった。

★☆★
私は内向的な性格で、好きなアイドルの握手会に行くのは友人が誘ってくれなければ行かなかったし(あれ?なんかキモオタの言い訳みたくなってない?)、街で知り合いを見かけても気がついていないフリをして声をかけることはない。
まして、相手に触れることなんてない。

接触、を避けよう避けよう――新型コロナウイルスの影響で、そんな世の中になってしまった。人と人との距離を測るのが難しい現在、あの日、やけに人に触れた日のことを懐かしんでしまう。

今は、耳のふちに触れるメガネのツルとマスクのヒモとイヤホンのフックで、もう少し我慢しよう。
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