生徒 Uの場合

文字数 1,502文字

私の部屋には夜な夜な

『先生』を自称する男が現れる。

学生も暇じゃないんですよ。
だから夜くらいのんびりしたいんですよね。

最近はお風呂上がりにコーヒー牛乳飲んでお気に入りのパジャマ着て、るんるん気分で趣味に没頭するのが楽しみで生きてます、っておい勝手にひとんちのキッチン漁ってんじゃねーぞカス。
やあ、怖い怖い。
綺麗なカップと気に入りの茶葉を見つけてしまったものだから、つい。すまないねえ、こう見えて私は根っからの紅茶好きなのさ。
とりあえず茶葉代とカップ使用料の請求書あとで送っておきますね。

先生がこの部屋に神出鬼没に訪れるようになって はや1ヶ月。風呂上がり、唐突に現れた不法侵入者に悲鳴をあげトイレに籠城し通報したあの頃が懐かしい。…駆けつけたおまわりさんと大家さんの可哀想な子を見る眼差しは今でも忘れられない。ちくしょう。


そうつまり。

この先生は私以外に視えないのである。


物理攻撃も効かない。出会い頭悲鳴と共に放った回し蹴りは涼しい顔でいなされたし、お祓いをお願いした神社は『お気持ち』という名の相談料を払うだけに終わってしまった。引っ越しも考えたが、訳あって私はこの家を離れられない。


結論からいえばどうすることもできないので、夜な夜な現れては人を『生徒扱い』する男のことを、私はもう放っておくことにした。敵意も悪意もなくただ話しかけてくるだけだから…特に害ないしね。


そんなこんなで今では気兼ねなく話せる知人程度になっている。使っていた敬語も、今ではなにそれ美味しいの状態。人間の慣れって怖い。


こちらの冷めた視線に気付いて、ぱち、と茶目っ気に溢れたウインクが飛んできた。ハートを幻視したので、すかさずにしっしっ、あっちいけ…!振り払う所作を愉快げに見た先生は、カップを持つ小指を優雅にピンと立てティータイムを楽しんでいる。というかはやく本題に入ってほしい。
さあ一息ついたし今日の授業といこうか。
…え。ねえ。紅茶飲み始めてからかれこれ20分くらい経ってんだけど。
待たせといてそんだけ?引くわー。
ドン引いた顔も可愛いよ、さすがは私の生徒ちゃんだ。
それで今日は何を教えてくれるんですか、駄目せんせー。
君の知りたいことならなんでも。
ほんとですか?じゃあ…
カップをテーブルへ置くとかちゃりと音がなる。ソファに腰をおろした先生の背後に周り後ろから抱擁を真似て抱き締めようとしても、動かない。そう、先生は私が知りたいことを拒まない。シルクハットが身を寄せた振動でとさりと床へと転がっても。拒まない。


あれ?


ああ、わたしもこんな風に振る舞えたら。あのとき、あのしゅんかん。なにかがかわっていたのかな。


顎を掴み、仮面の奥。黒瞳に映った自分の姿にわたしはわらった。

『                  』
ああ、喜んで。
閑静な住宅街にパトカーの赤色灯が連なっている。無線が飛び交い警察関係者らが慌ただしく動く様子を野次馬が取り囲んでいた。そんな中、若刑事と熟年刑事がパトカー内でぼやく。


「最近多いな」


「ほんとですよ。一ヶ月前もこの近くのアパートで学生さんが亡くなってましたよね。確か入浴直後に襲われたんでしたっけ…。抵抗した後がみられたとかで遺体もひどいありさまだったらしいじゃないですか。痛ましいです」


「ああ、だからワシ達が仕事せにゃならん」




既に空き部屋になって久しいアパートの二階ベランダから、野次馬の賑わいを遠巻きに眺めていた男は薄く微笑み先程拾い上げたシルクハットを深く被り直す。



さっきは彼女にあんなことを言ってしまったが…訂正せねばね。私にとっては可愛らしい生徒よりも、此方(生者)の方がよほど恐ろしい。

オチなし、終われ。
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登場人物紹介

せんせー(年齢不詳・独身)

学生さん(お風呂大好き)

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