生徒 Uの場合
文字数 1,502文字
『先生』を自称する男が現れる。
先生がこの部屋に神出鬼没に訪れるようになって はや1ヶ月。風呂上がり、唐突に現れた不法侵入者に悲鳴をあげトイレに籠城し通報したあの頃が懐かしい。…駆けつけたおまわりさんと大家さんの可哀想な子を見る眼差しは今でも忘れられない。ちくしょう。
そうつまり。
この先生は私以外に視えないのである。
物理攻撃も効かない。出会い頭悲鳴と共に放った回し蹴りは涼しい顔でいなされたし、お祓いをお願いした神社は『お気持ち』という名の相談料を払うだけに終わってしまった。引っ越しも考えたが、訳あって私はこの家を離れられない。
結論からいえばどうすることもできないので、夜な夜な現れては人を『生徒扱い』する男のことを、私はもう放っておくことにした。敵意も悪意もなくただ話しかけてくるだけだから…特に害ないしね。
そんなこんなで今では気兼ねなく話せる知人程度になっている。使っていた敬語も、今ではなにそれ美味しいの状態。人間の慣れって怖い。
あれ?
ああ、わたしもこんな風に振る舞えたら。あのとき、あのしゅんかん。なにかがかわっていたのかな。
顎を掴み、仮面の奥。黒瞳に映った自分の姿にわたしはわらった。
「最近多いな」
「ほんとですよ。一ヶ月前もこの近くのアパートで学生さんが亡くなってましたよね。確か入浴直後に襲われたんでしたっけ…。抵抗した後がみられたとかで遺体もひどいありさまだったらしいじゃないですか。痛ましいです」
「ああ、だからワシ達が仕事せにゃならん」
既に空き部屋になって久しいアパートの二階ベランダから、野次馬の賑わいを遠巻きに眺めていた男は薄く微笑み先程拾い上げたシルクハットを深く被り直す。
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