第1話

文字数 2,047文字

 体育委員の仕事は大変でキツイ。
 体育の授業の時は事前の準備に全員の前での模範体操、そして後片付け…
 運動が苦手な私はずっと帰宅部だったから本当にイヤだ。委員会では私以外はみんな運動部活だ… 野球、サッカー、バスケetc… 部員同士で集まっていて私には居場所がない。体だけじゃなくてジャンケンにも弱い自分を呪ってしまう。

 「キミの名前を教えてくれないかな?」
 うつむき加減で嫌なことを反芻していた私を呼びかける声がした。
 「へ?」
 急に声をかけられた私は間抜けな声を出して顔を上げた。すると目の前で爽やかな男子がニッコリと笑っていた。
 「球技大会で君と一緒に仕事をすることになったB組の安田っていうんだ。名前教えてよ」
 「はっ、はい! E組の早瀬結歌です!」 
 「早瀬さんか… よろしくね!」
 調子の外れた高い声で返事する私に安田君は手を差し伸べて握手を求めてきた。
 「は、はい…」
 私は上目づかいで何とか申し訳程度に手を差し出した。
 その後のことは覚えていない… 頭に血が昇って彼がしゃべったことに集中できなかったんだ…
 「ヨータ! そろそろ部活に戻ろうよ!」
 「もう部活に行かないと! 次の打ち合わせまでに頼むよ!」
 帰宅してから安田君とのことを繰り返し思い出しながら、ノートを見ると次回の打ち合わせの時間と場所が書いてあるだけだった。

 打ち合わせの場所では安田君がなんと一人で待っていた。 
 「早瀬さん、こっちこっち!」
 安田君の手招きに従って席についても、現実に頭がついて行かず私はボーっとしていた。
 「前回頼んでおいたこと見せてくれるかな?」
 「エッ?」
 「競技ごとの参加チーム数や審判に渡すルールブックのこと頼んでおいたよね?」
 私は一瞬で頭の中が真っ白になった。
 「で、できてません…」
 「エッ…」
 安田君は絶句して天を仰いだ。
 「俺も大会前に部活休んで打ち合わせに来てるんだからさ… シャレになんないよ…」
 「ごめんなさい…」
 優しかった安田君は怒り口調になり私の体は小さくなった。
 「できてないんじゃしょうがないな… じゃあ、俺も手伝うから二人で手分けしてやろう、早瀬さん」
 「本当にごめんなさい…」
 「そんな泣きそうな顔するなよ。二人でやれば時間も作業も半分で済むからさ。その分期間は半分にさせてもらうけど」
 分担を決めてから部活へ行った安田君の後姿に私は何度もお辞儀した。

 「スッゴイ分かりやすいよ! 本当にコレ早瀬さんが作ったの?」
 安田君が私の作ったルールブックを見て驚いていた。
 「初心者は詳しいルールを知らないからよく違反するんだよね。審判も初心者がするから部活の本職がプレーすると必ず不満が出るんだよ。絵も描いてあっていいね!」
 私はどんくさいだけで勉強は決して苦手じゃないんだよね。それと絵を描くことも。
 「この間はキツイこと言って悪かった。ゴメン謝るよ、早瀬さん」
 「とんでもない! もともと私のせいだから」
 その後の球技大会の準備作業は二人で協力しながら進めていった。部活しているせいか安田君は私の話を聞いたり褒めてくれたりしてヤル気を引き出してくれた。私にキツく言ったのも、きっとワザとに違いない。


 今日で球技大会が終わった… それは目の回るような忙しさが終わり落ち着いた日常に戻れると同時に安田君との仕事の最終日を意味していた。
 夕暮れの体育倉庫の前にたたずむ私の頭の中には安田君と初めて出会った日からのできごとが早回しになって思い浮かんでいた。
 ドクン ドクン
 日頃は聞こえない心臓の鼓動がやけに大きく感じられる。気持ちを決めて大きな扉を開くとそこには作業をする安田君がいた。
 「早瀬さん、やっと来たか。手伝ってくれよ」
 「遅れてごめんね。安田君の言うとおりにするからその前に私の言うことも聞いてくれないかな」
 「ん、なんだって?」
 手を止めて安田君が顔を上げた。

 「安田君のことが好きです。これからもつき合ってください」

 しばらく沈黙がその場を支配した。
 「ヨータいる? 学校終わったら打上げ行かない?」
 野球部のマネージャーが入って来て安田君に呼びかけた。
 「お邪魔だったみたいね」
 彼女はそそくさとその場を立ち去った。
 「ゴメン」
 私は安田君の返事を聞かないと気付かなかった自分の察しの悪さが嫌になった。
 「私、何か変なこと言っちゃってごめん。それじゃ、片付け片付けっと」
 手当り次第に用具をしまう私の手を後ろから引き止める手があった。
 「ゴメン」
 さっきより強い調子でもう一度言われた。もうどうでもいいのに…
 「女の子からそんなこと言わせて本当にゴメン。何でも一生懸命にする早瀬さんのこと好きだったんだ。今の言葉とても嬉しかったけど、俺の方から言わせてもらえないかな」
 この言葉に私の方が嬉しくなった。
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