へんぴ王国・能登

文字数 1,989文字

 私の生まれは能登。世界農業遺産に日本で初めて認定された場所だ。今回、石川の魅力をテーマにという事だったが、私は能登のことしか書けない。金沢や加賀も魅力的で好きだが、どうしても「能登がいちばんっしょ!」という気持ちになる。能登はそういう人が多い気がする。能登は喋り下手な人が多いと思く(だってそもそも人が少ないし、そんな喋る機会もない)アピール下手だが、心の奥底ではみんなグツグツとマグマのような能登愛を抱えている。そしてそんな愛すべき能登人たちが織りなす能登のへんぴな魅力をお伝えしたい。

 まずは「能登が好き」という能登人の誇りは、能登しか知らない世間体の狭さと思い込みの激しさから来ている。私の母親は能登生まれで能登に嫁いだ田舎人なのだが、たま〜に金沢で美味しいと有名なケーキ屋さんに行っても、「やっぱりロンシャンイトウ(※)のケーキが安くて美味しくて一番よねー」とか、おしゃれなレストラン行っても「やっぱり輪島のやぶ(※)が一番よねー」などとほざく。※ロンシャンイトウ=輪島のケーキ屋、やぶ=輪島の定食屋。まったくもって新規開拓してあげる余地がなく、いいお店に連れて行き甲斐がまったくない。
 父に限っては、かなり世間知らず。能登しか知らない井の中の蛙のため、能登が全てのジャンルにおいて一番だと思い込んでいる。この前も大きな台風が来るとの予報で構えていたが、能登はそれほどの強風も雨もなかった。安堵の私に父が放った一言は「高州山(※)が守ってくれるから石川県は安泰やなあ〜」※高州山は、輪島市にある山。標高567m。
・・・いや、父よ。石川県を守ってくれてるのは白山(標高2702m、日本三霊山のひとつ)だと娘は思うぞ。本人に言ったが全く聞く耳持たずだった。
 だが、世間が狭くて良いなと思うこともある。昨日食べたものの話になった時、「なめこと大根おろし、味噌も全部我が家で作ったものだしそれを合わせて食べる。こんな贅沢はないぞう」と幸せそうに話していた。幸せの尺度が父はずっとぶれない。自分で作った野菜や味噌を食べることが何十年も幸せなのだ。些細なことをずっと大事に出来るのは、能登人の特筆すべきところであり尊敬したい部分でもある。
 また、金沢からの移住者の農家さんと話していた時に出た能登あるあるが面白かったので紹介したい。その男性は30代独身で、好きなタイプは女性らしい人。見た目的には「スカートを履く女性」らしい。その話を男性が知り合いのおじさんたちにしたら「そんな女は能登に一人もいねえよ」と返されたという。うん、それは私も納得だわ、と思った。能登にいたってじいちゃんばあちゃんしかいないのに、誰に媚び売ってスカート履く必要があるのだろう。若者がいない中で、脚を出しても見せる対象がいないし、スカートなんぞたまに履こうものなら、ちょっと色物しい目で近所から見られそうだ。かくして能登の女は、普段は平安時代のオナゴのように分厚い着物、もとい、煤けたジャージの下に御御足を隠し、金沢に行く時だけスカートを履き御御足を出す。なんなら化粧もする。石川県を南下して、能登の女は色気づいていく。
 もうひとつ、「なんで能登の人ってお礼がみんな酒なの?」とも聞かれた。確かに私も小さい頃「これ親に渡しといて」と地元のおじさんおばさんたちが熨斗のついた一升瓶やらビール1ケースやら玄関に置いて行く姿をよく目にしていた。何か農作業の手伝いをすれば、一升瓶。何かお祝いを渡せばお返しにビール1ケース。そしてなぜか絶対キリンかアサヒ。
 私なんかは小さい頃からのことだから不思議に思ったことはなかったが、どうやら金沢とかではそんな光景はないらしい。能登は酒飲みが多いからか?それとも神様に捧げる神聖なものやからそんな風習になったのか?その人は農家では若手で、結構年配の人の田んぼも手伝ったりするというので、家にはビールやら酒やらてんこ盛りらしい。羨ましいが、一人暮らしで酒ばっかり貯まっても困るかもしれんなあ。いや、やっぱり羨ましい。
 地元のガソリンスタンドも独特だ。まず、店頭に価格表がない。客は今日ガソリンがいくらなのかも分からずにガソリンを入れて行く。そしてお金を払わない。これには遊びに来ていた大阪の友達が驚いていた。店主が客の顔と車種を全て把握している事で成り立つ「ツケシステム」を導入している。能登に移住してきた知り合いも、このシステムをまだ知らない時にガソリンを入れ、「ガソリン今日いくらですか?」と聞いたら「いくらでもガソリン入れんと車っちゃ動かんげんぞ!」とまくし立てられたらしい。ああ、怖い、ツケシステム。
 一部を紹介したが、こんな風に能登は能登のシステムの中で成り立ちその中で人が動いている。ああ、へんぴな能登社会。だけど愛すべき能登の世界。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み