第3話 ジャンゴ~ルリ~

文字数 8,628文字

潤はまっすぐな瞳で私に言った。
「野田さん、おめでとう。これで晴れて、僕たち大人だね。僕はこれから、彼女に会いに行くんだ。君は?」

あの梶原との濃い旅行から八年。
今日、私たちは成人式を迎えた。
成人式なんかに出るつもりはなかった。でも、潤に誘われたら断れない。
梶原とは、私が別々の道を歩むことを提案したあの日から会ってない。
私のわがままで梶原を振り回して、甘えっぱなしだった。
だからこそ、私は、自分が前に進むためには、梶原と一緒に居ちゃいけないんだって思った。
別れ際、梶原は寂しそうな顔をしてた。
だけど、いざ会わなくなると寂しくて、私がとにかく寂しくて、辛かった。
なんど、梶原に連絡しようか、家まで行こうかって考えたことか。

その後、中学では、もう親友の心菜とも、私を好きでいてくれた先輩とも、ほかの誰とも接するのが怖くて、自分から人と距離を置くようになってしまった。
心菜とはクラスも一緒だったから、嫌でも顔を合わせなきゃいけなかったけど、私が避けているのを心菜もすぐに察したみたいだった。消極的な彼女が私を何かを強く言ってきたりすることはないだろう、という私の冷徹な計画通り、段々と疎遠になった。そうして、進級するとクラスも離ればなれになって、その後、心菜とは一言も会話することなく中学を卒業した。
先輩は、彼が卒業するときに、連絡先が書かれたメモを渡してきたけど、私が連絡を取ることはなかった。

中学の時は文字通り、私はひとりぼっちだった。
でもそのおかげで一つ、目標が出来た。
高校は、とにかく中学の誰とも被らないところに行くって決めた。
そのためには、必死で勉強して、良い高校に行こうと思った。
中学の美術部は、梶原との旅行のあとすぐに退部した。同じ頃、ママが弟の藍(あい)を産んで、これからは弟の世話をするからって名目ですんなり退部することが出来た。
絵は、家で一人、黙々と描き続けていた。インターネットで美術史を調べたり、お小遣いで美術館へ足を運んでみたり、別に学校の部活なんかに入っていなくても一人で充分楽しい美術部員ごっこが出来た。
弟の藍はすごく可愛くて、私がそれまで悩んでいたことなんて、なんだったんだろうってくらい私には癒やしだったし、実際、勉強と絵を描くとき以外は藍と遊んだり、藍のお世話をしてた。

高校は、私が入りたかった私立の高校に合格した。
正直、パパやママには金銭的な面で負担をかけてしまったんだけど、それでも、私の頑張りを認めてくれて、嫌な顔ひとつせず、入学させてくれた。
そこで、私は潤と出会った。

同じクラスに芸能活動をしている花咲潤がいた。
梶原のこともあって、あんまり積極的にテレビを見ないようにしていたけど、彼のことは知っていた。
昔、梶原と共演していたから。
だけど、私は彼とは極力関わらないようにしてた。
芸能人とか別に興味もなかったし、ミーハーだと思われるのも嫌だった、というのもある。
でも、それよりもなによりも、もし話したら、仲良くなったら、きっと梶原のことを話してしまう。そしたら、梶原がどうしてるか、どんどん気になってしまうんじゃないかって怖かった。

ある時、大きな本屋に美術の本を探しに行った時のこと。
本屋のBGMにある曲が流れた。
それは聞いたことのあるジャズの曲だった。
私が渋谷にある梶原の家に行った時、梶原がかけていた気取った曲。
曲名がすごく知りたくて、本屋の店員さんに聞いたけど、店員さんにはわからないと言われ、その日は諦めて帰宅した。

次の日、突然、花咲潤が話しかけてきた。
「野田さん、昨日本屋にいたよね」
今まで一度も話したことがなかったし、挨拶すらしたことがなかったのに。
「うん、ちょっと探しものしてて」
「店員さんに、BGMの曲名を聞いてたよね」
「え、見てたの」
「うん、ごめん、その場で話しかけようか迷ったんだけど。あの曲のタイトルを教えたくて。『ジャンゴ』っていうんだ。ジャズの曲で、ジャンゴ・ラインハルトって人を偲んで作られた曲なんだよ」
そう言って、さっとスマホを取り出して、ジャンゴ・ラインハルトのことが書かれているページを見せてくれた。
ジャズのことはよくわからなかったけど、その人が今の梶原と同じ年齢の四十三歳で亡くなったことと、ジャンゴというのはニックネームで、ロマ語で『私は目覚める』という意味だということが目に止まった。
そして、亡くなっても、誰かに曲を作ってもらえるくらい慕われていた人だったんだと思うと、本当に羨ましいとか、そんなことを思った。

「父がジャズ好きで、この曲のCD持ってるんだけど、良かったら聞く?」
ネットで検索して聴くことも出来たし、CDデッキはパパに借りないとないなと思ったけど、それでも、私はうなずいた。
翌日、花咲潤は私にCDを貸してくれて、私は帰宅してすぐにそれを聴いた。
梶原が流していたのはピアノだけの演奏だったと思うけど、借りたCDの曲は鉄琴の音でメロディーが奏でられていた。
私はそれを聴いて、なぜかすごく泣いてしまった。急に胸が苦しくなって、別に悲しい曲でもないのに、泣いてた。

私は本当に手放すべきものを手放したんだろうか。
正しかったんだろうか。
梶原と私は、もちろん年齢は離れているし、梶原はパパと同い年で、パパの友達だったけど、それでも、私ときちんと友情を築いていたんじゃないだろうか。
甘えたって良かったんじゃないだろうか。
心菜と離れてしまったことや、先輩を傷つけてしまったことも思い出して苦しかったけど、それらのことよりも何よりも、もっと違うなにかが心にひっかかって、どうしてもそれを取り除くことができなかった。

CDは三ヶ月くらい借りっぱなしで、毎日何度も何度も流して聞いていた。
アルバムをかけながら絵を描いていると、なぜだかすごく捗った。
ある日、なんとなく思い立って、花咲潤にCDを返すことにした。

CDを受け取りながら彼は、にこにこしていた。
「どうだった?」
「うん、すごく良かった。やっぱり一番好きな曲は『ジャンゴ』だった。でも、『オータム・イン・ニューヨーク』って曲もすごく好き」
「僕も、その二曲が特に好きだな。父の影響で、多少は聞くんだ」
CDを受け取った直後、彼はかばんの中からオレンジ色の包み紙に包装されたプレゼントみたいなものを取り出した。
「これ、良かったら、もらって。鞄にずっと入ったまんまだったから、包装紙がよれちゃってるけど。」
中をあけると、同じCDの新品が入っていた。
三ヶ月も借りっぱなしだった上に、新品をプレゼントまでされてしまった。
私は口をあんぐりあけて、すごく驚いていた。
多分それが、すごくマヌケな顔だったんだと思う。
彼は吹き出して笑っていた。
いつもクールな感じを装って、話したこともなかったくせに、正直、いけすかない、なんて言葉が頭をよぎったこともあったけど、その姿を見て、なんとなく気が合うのかもしれない、なんて思った。
それから、このままもらいっぱなしじゃ借りを作ったみたいで嫌だったので、何かおごる、という話になった。
だけど彼は芸能人なので、あまりおおっぴらに外を歩かせるわけにも行かなかった。
私は女なので、家に招いたり、家に遊びに行くなんてもの、良くないかもと思った。
そこで、学校の美術準備室でこっそり缶コーヒーをプレゼントすることにした。
高校では美術部に入ったものの、学校自体、進学校で、全体的に部活動にはあまり力を入れていないためか、部員がすごく少なかった。
幸い、美術準備室はたいてい人がいなかったので、顧問の先生の許可を得て、たまに絵を描かせてもらったりしていた。
私が、お礼は缶コーヒーだけじゃ納得出来ないでいると、彼は私に何か絵を描いてほしい、と言った。なので、彼自身の絵を描かせてもらうことにして、出来上がったらプレゼントすることにした。
彼はコーヒーを飲みながら、モデルになった。私は描きながら話をした。
まずは、あの曲の話を。

どうして、あの曲の名前が知りたかったのか。
そこで私は、なぜだか、彼に洗いざらいを話していた。懺悔するみたいに。
彼は、多分忙しい人であろうに、腰を据えて、たった一杯の小さな缶コーヒーと共にじっくりと話を聞いてくれた。

私が女の子に恋をしていたこと。
彼女の好きだった人と関係を持ったこと。
そのことを、信頼する人に打ち明け、そして私がその人と会わない決心をしたこと。
会わないと決めたのは私なのに、会いたくてたまらなくなることがあること。
その人の昔の恋人の話。
そして、その人というのが、梶原であること。
それを聞いた時、彼はとても驚いていた。

ひとしきり話し終えると、潤は言った。
「すごい、ドラマみたいだ。だけど、そうだよね、人を好きになると、色々なことが起こるよね。自分の中でも、外でも」
そして、彼も私に、話してくれた。
とても愛している人がいること。
年は離れているけど、彼のそれはとても真っ直ぐで、私には突き刺さるように痛かった。
私には無いものを、彼は持っているんだ、と思った。
ほんの少し似た境遇のようで、実はそうじゃない。
だって、彼はあまりにもブレないんだ。
前に進みたい、とかじゃなくて、もう、前しか見ていないんだ。
外が真っ暗になって、最終下校時刻を告げる放送が流れるまで、私たちはずっと話をしていた。

その日を境に、私たちはとても仲良くなった。
もともとお互い、特に仲の良い友達がいなかったので、それからはいつも二人で居るようになった。
昼休みも美術準備室で一緒にご飯を食べて、私は絵を描いたり、いろんな話をした。
まわりは、つきあっている、とか勘違いしてる人もいたけど、私は潤に対して恋愛感情を抱いたことは一度もないし、潤は潤で、私のことは貴重な話し相手だと言って、よく彼女とのノロケ話をしていた。
なんというか、私たちは同志みたいなものだと感じていた。
潤の彼女は年上で、控えめな人で、今の段階では誰にも関係を言えないし、実際、会っているというだけで、なにもしていないらしい。
だけど彼には計画があって、成人したらすぐに、彼女の元に向かい、プロポーズするのだという。
お金がたくさんあるからこそ出来るんだろうなと少しは思うけど、彼は真っ直ぐで、それゆえに強い、と思う。
私もその強さが欲しかった。

潤は、たまに梶原と仕事が一緒になることがあるらしく、その度に、梶原の話をしてくれた。
私達が高校を卒業する少し前、梶原が松濤のマンションを売って、ニューヨークへ住むことになったと潤が教えてくれた。
それを聞いた時、梶原とはもう会えないのかもしれない、と思った。
もちろん、パパは友達だから会っていたみたいだけど、私に気を使ってか、家に来ることはほぼなくなった。
一度、私がちょうど居ない時に、弟を見に来たことをパパから聞かされた時は、ムカついて、悲しかった。
自分から言いだしたことなのに、本当に私は勝手だ。

潤からもらったCDは、本当によく聴いていた。
梶原がニューヨークへ行くって聞いてからは、『オータム・イン・ニューヨーク』を聴いて、妄想したりした。
私のイメージでは、肌寒い日に、コンクリートの街に茶色い葉っぱが舞っているような、そんな感じ。
梶原がその街に黒いコートを着て、哀愁ただよう雰囲気で歩いているような気がした。
金髪の美女と一緒に歩いている姿を想像することもあった。

高校卒業後、私は私立の美大へ進み、潤は偏差値の高い有名な私立の大学へ進んだ。芸能活動もあるのに、潤は本当に凄い。
卒業するとき、潤は言った。
「梶原さん、『ジャンゴ』が亡くなった年齢を超えちゃったね」
私がずっと気にしていたことを、はっきりと自覚されられたようで、私に酷く突き刺さるセリフだった。
「野田さん、僕達も、あと二年で世間的にも正式に大人だよ。君は少し、生き急いでいるところがある気がするけど、もっと自分の生きたいように生きていいんじゃないかな」
潤はたまに、私に少しお説教じみたことを言うことがあった。
私はそれが結構好きだった。

高校を卒業してから、潤と私が会う機会はずっと減ってしまった。
もともと、昼休みや放課後、学校という場所でのみ共に時間を過ごしていた。
学校があったからこそ一緒にいることが出来た。
卒業してからは、メールでのやり取りや電話ばっかりだった。
大学に行っても、そんなに仲良くなれる友達は出来なかったけど、それでも課題をこなしたり、作品を作ったりすることは楽しかったし、友達とは言えなくても、グループで作品を作るような機会もあって、結構楽しかった。

ある日、潤からメールが来た。
『成人式で待ってるよ』
成人式の案内なんて、見たような見てないような、どうでもいいと思っていた私は、潤からのメールに驚いていた。

成人式の当日、約二年ぶりに潤と再会した。
メディアとかで一方的に見る機会があるので、そんなに久しぶりな印象はなかった。
だけど、会えたことは純粋に嬉しかった。

「野田さん、久しぶり」
スーツ姿の潤は、満面の笑みで私を迎えた。
「久しぶり、元気だった?」
「野田さんこそ。自分の行きたいところはわかった?」
意味深な質問をしてくるいつもの潤。
「さあ。行きたいところなんて、あるのかな」
「野田さん、僕ね、これを言ったら君が怒るかもしれないって思って、言えなかったんだけど、でも今日会ったら言おうと思って、それでどうしても会いたかったんだ」
神妙な面持ちで、潤は言った。
「野田さんは、梶原さんが好きなんじゃないのかな。もちろん、君が女性を好きだったのは知ってる。だけど、一度女性を好きだったから、次も女性って決まってるわけじゃないんだろう?僕にはそのへんのことはよくわからないよ、もちろん。好きになったことがあるのは、たったひとりだけだし。でも、性別で人を好きになるんじゃなくて、いつの間にか誰かを好きになってるっていうのが恋なんじゃないのかな」
私が何かを言おうとするのを遮るように、潤は続けた。
「だって、野田さんの心を一番支配しているのは、梶原さんだよね」
私は何も言わなかった。
「二年経った今でも同じかどうかはわからないけど、少なくとも高校の時、君の頭の中に一番多く居たのは梶原さんなんじゃないかな」
今でも、そう。それは変わらない。
音楽を聴いている時、絵を描いている時、楽しいことが会った時、綺麗な景色を見た時、美味しいものを食べた時。
その場に居て欲しいと真っ先に思うのは、分かち合いたいと思うのは、他でもない、梶原だった。

「僕はさ、野田さんにはすごく助けられてきたんだよね。野田さんと会うまでは、僕と同年代の人たちって、基本どこかで僕を敬遠している人ばっかりで。
僕の思っていることを聞いてくれる人や、僕に思っていることを打ち明けてくれる友達なんていなかったんだ。
僕は、野田さんを本当に大切な友達だと思ってる」
潤は鞄から大きな封筒を出して、私に渡してきた。
「タダであげる、とは言わないよ。高校の時に僕の絵を描いてくれたよね。あれを買いたい。君が描いた僕の絵」
高校の頃の絵は、CDのお礼として、私が描いたものだった。
だから、描き終わった絵は、きちんと潤にプレゼントしていた。
「もちろん、もう既に僕のものとしてもらってはいるけど、正式に、買い取りたいんだ、これで」
封筒の中をあけると、そこには旅行券が入っていた。パッと見ただけでも十万円以上はありそう。
「これで、ニューヨークにいる梶原さんに会ってきて。もう時効だよ。これ以上、君は会うのを我慢しなくていいと思うんだ。もう十分、一人でここまで進んだと思うんだ。会うだけで、なにかが変わるかもしれないよ」
私は、胸が震えるのを感じた。
色々な想いが混ざり合って、言葉にならない言葉を発していた。
潤は、にっこりと優しい笑顔で言った。
「僕もこれから、彼女のところに行くよ、そしてずっと計画してきたことを実行に移すんだ」

私は潤に、やっとのことでお礼を伝え、勇ましい潤の後ろ姿を見送った。
その夜、潤から一通のメールが入った。
『プロポーズ、成功した!』

私は、心の底から祝福しつつも、潤の行動力や真っ直ぐさに嫉妬した。
そして、潤からもらった旅行券を見つめ、嫉妬するくらいなら、私が同じように真っ直ぐに行動するしかないんじゃないかと思った。
私は急いで、パスポートの申請方法やニューヨークへの行き方を調べた。
大学があるから、行くなら春休みが良いと思い、それまでに準備を進めた。
パパが梶原の住所をメモしているのは知っていたので、それを控えて、春休みになるのを待った。
もちろんパパやママにはニューヨークへ行くことは話したけど、驚かせたいから梶原には黙っていてほしい、と頼んだ。
旅行代も、アルバイトで稼いだことにした。
春休みになると値段が高くなってしまうので、少し早かったけど、春の嵐が吹き荒れ始めた頃に、私はニューヨークへと出発した。

『これからニューヨークへ行きます。旅行代、いつか必ず、返すから』
潤からメールの返信がすぐに来た。
『旅行代は絵の代金なんだから、もういただいてます。それより、梶原さんによろしく。気をつけて行ってらっしゃい』

ニューヨークは、私の『オータム・イン・ニューヨーク』のしっとりとしたイメージとは、かけ離れていた。
季節も違うけど、それよりも、すごく騒がしくて、黄色いタクシーがいっぱいで、道の角から角までが遠くて、チカチカしてて、目が回りそうだった。
だけど、至る所に面白い建物や建造物があったり、興味深いところもあった。
こんなところに、梶原は住んでいるんだ、と思った。
会ったらどうしよう、とか、そんなことは全然考えなかった。
ただ、会ったら、何かが決定的に決まるような気もしてた。

メモの住所の場所は、事前に検索して、何度もシミュレーションしていたので、迷うことはほとんどなかった。
でも、いざ建物の前に立つと、なかなかインターホンを押すのに勇気がいった。
ここまで来ておいて、迷うのもおかしいけど、居なかったらどうしよう、とか、歓迎されないとしても、嫌がられたらどうしよう、とか、急に気になりだした。
それでも、ここでウロウロしても拉致があかないので、思い切ってインターホンを押した。

数秒後、聞き覚えのあるような声が聞こえた。
「・・・瑠璃か?」
どうやら、そのインターホンはカメラ付きだったらしく、私が何かを話す前に、既にバレていた。
それから、どたんばたんと騒がしい音が少し聞こえて、梶原が走ってきてドアを開けた。
「おまえ、なんでここにいるんだ」
「梶原!」
驚いている梶原が、あまりにも昔と変わっていなくて、私は思わず飛びついていた。
梶原はちょっと困ったように慌てふためいていた。
それが嬉しくて、私はもっと腕に力を込めた。
「会いたかった!大好き!」
「えええ・・・」
脱力するように困惑している梶原が、なぜかすごく愛しくなった。
そうか、これがきっと、『真っ直ぐ』ってことなんだ。

梶原は、とにかく私を家にあげた。
「おまえなあ、いっつも唐突すぎるんだよ。だいたいな、昔と違って、お前はもう子どもには見えないんだぞ。日本じゃなくたって、パパラッチはいるんだぞ」
「そんなのどうだっていいよ。ねえ、聞いて。私ね、梶原に会いたくて、すごく会いたくて、来たんだ」
「あのなあ、おまえが会わないって言ったんだぞ、俺だってなあ」
そう言って、梶原が口をつぐんだのを私は見逃さなかった。
「なに?『俺だって』、なに?」
梶原は深い溜息をついてから、私の顔を見た。
「おまえ、ずいぶん大人になったなあ」
「そりゃ、このまえ成人したもん。大人だもん。それより、さっきの続きは?」
「いや、大人っていうか、すごく綺麗になったよ。うん、立派な娘さんだな」
「もう、そんなこと聞いてない!さっきの続きは?『俺だってなあ』の続き。ちゃんと聞かせて。それを聞くためにここに来たんだよ、私」
「え?ああ、うーん、まあ、その、俺だって、何度会いたいと思ったことか」それを聞いて、私は胸がきゅうっと締め付けられるのを感じた。
「それが本当なら、もう『会わない』をやめるから!私、梶原が好きなんだ。だから、一緒にいることにする!」梶原は、うーん、としばらく悩んでいた。
「おい、それ、嘘じゃねえだろうな。からかってるわけしゃないよな?もしそれが本当なら、もう、俺だって、ずっと一緒にいることにするぞ」
梶原は、言ってから、少し照れるような表情になり、私は梶原の手を取った。
「あーあ、俺って意志が弱いのかもなあ。お前とはどうにもならないって決めてたんだけどな。これでも決心してたつもりだったんだけどなあ。お前のパパになんて言おう」
「大丈夫、これからは私がずっと梶原を守るから」
困った顔で頭を掻く梶原のほっぺたに、キスをした。
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