第1話
文字数 1,509文字
「……春」
そうアキの口から言葉が漏れ、俺はドキリとする。
俺の名前——『陽斗」を言われたからではない。
俺がちょうど一年前の今頃、春になる直前のこの時期に、よりによって勤務するこのメンタルケアセンター——肉体を持ったAI、所謂人造人間って奴だ。それのケアを仕事にしている——で自転車にぶつかる事故に遭った俺にとって、『春』と言う単語はトラウマになっているからだ。
「どうした?」
俺はおそるおそる、既に木々から芽が出始めているのが分かる窓を背後に部屋の椅子に座る、黒い長い髪の人形特有の整った顔をしたアキに尋ねる。
「いや、春が来たらどうなるのかな?と思って」
彼女にはそれ以前の記憶はない。
彼女の記憶の中には、3年より前の記憶が失われている。
産まれた時には、
記憶喪失ではない。
「春が……、来るのかな?」
窓から風が吹いて、アキの合成繊維で出来た前髪がさらりと揺れた。入ってくるほのかな陽気も、外に広がる木々にぽつぽつと見える芽吹き。これらが春の兆しだという事を、アキは実感として知らないのだ。
「もうすぐ来るよ」
俺は少し着崩れた上着を直してながら、
「どこへ行くの?」
急に呼び止められる。
「検査のデータを取ってくるんだよ」
「陽斗、そういう時はいつも纏めてやるでしょ」
「……アキが急に妙な反応をしだすからさ」
「なにか探しに行こうとしてるんじゃないの?」
俺の弁解を無視して、そういいながらアキは俺の目を見ていた。
「そういうんじゃないよ」
アキの声を無視して、俺は部屋のドアに手をかけた。
アキのカンは正しい。ケア室を出て、今その木の下まで歩いてきた俺は、そう自問自答している。頭上の木の枝の間を縫って注ぐ陽の光が、逆の俺の中にある不安を強める。
俺がこのメンタルケアセンター。AIとして身体を得た者が社会性を身に付けるための学習や、今の俺のように事故で後天的に記憶を失くしたものが過ごす場所で、さっきのアキの何気ない一言が、俺の思考をの奥深くに眠る何かを思い出させそうになり、それで動揺していたのだ。一年前、俺は確かにここに来ていた。そこでアキに出会って
記憶がその頃には存在していないのだ。
「春……」
アキの声がまた聞こえた。思わず振り向いた俺の背後にアキはいた。
「なぜ、俺の
もちろん、居場所が何故わかったのか?と言う意味じゃない。なぜこんなに早く俺のすぐ後ろにやってこられたのか。その疑問だ。だが、それを俺が口にするよりもアキが次の言葉を言う方が早かった。
「そこに……、私がいたんだね」
そこに?何を言ってるんだ?完全に不可解な事を口走っているアキに俺はそう言い得層として、そしてその瞬間、俺は気付いた。思い出した。
「アキが……ここにいた」
俺は意識の土の下から芽生えてきた記憶のままに一心不乱に木の根を覆う土を掘り返した。
指が汚れるのも構わず、掘り返したその先から現れたのは——アキと書かれた猫用のネームプレートだった。
「それが、私なんだね?」
アキは悲しむようでも怒るようでもなく、しかしどこかやりきれない感情のこもった目で俺と、『アキ』のネームプレートを交互に見ていた。
「俺が——確かにここで事故に遭ったんだった」
他でもない。不注意からの自転車衝突で俺が『アキ』を死なせてしまっていたのだ。
「私、ここで春を迎える途中だったんだ」
かつてのアキは春を迎えられずに死んだ。今のアキは春を知らない。
「これから春が始まるんだね」
そう呟くアキの肩に、気が付くと俺は震えながら手を伸ばしていた。
そうアキの口から言葉が漏れ、俺はドキリとする。
俺の名前——『陽斗」を言われたからではない。
俺がちょうど一年前の今頃、春になる直前のこの時期に、よりによって勤務するこのメンタルケアセンター——肉体を持ったAI、所謂人造人間って奴だ。それのケアを仕事にしている——で自転車にぶつかる事故に遭った俺にとって、『春』と言う単語はトラウマになっているからだ。
「どうした?」
俺はおそるおそる、既に木々から芽が出始めているのが分かる窓を背後に部屋の椅子に座る、黒い長い髪の人形特有の整った顔をしたアキに尋ねる。
「いや、春が来たらどうなるのかな?と思って」
彼女にはそれ以前の記憶はない。
彼女の記憶の中には、3年より前の記憶が失われている。
産まれた時には、
記憶喪失ではない。
「春が……、来るのかな?」
窓から風が吹いて、アキの合成繊維で出来た前髪がさらりと揺れた。入ってくるほのかな陽気も、外に広がる木々にぽつぽつと見える芽吹き。これらが春の兆しだという事を、アキは実感として知らないのだ。
「もうすぐ来るよ」
俺は少し着崩れた上着を直してながら、
「どこへ行くの?」
急に呼び止められる。
「検査のデータを取ってくるんだよ」
「陽斗、そういう時はいつも纏めてやるでしょ」
「……アキが急に妙な反応をしだすからさ」
「なにか探しに行こうとしてるんじゃないの?」
俺の弁解を無視して、そういいながらアキは俺の目を見ていた。
「そういうんじゃないよ」
アキの声を無視して、俺は部屋のドアに手をかけた。
アキのカンは正しい。ケア室を出て、今その木の下まで歩いてきた俺は、そう自問自答している。頭上の木の枝の間を縫って注ぐ陽の光が、逆の俺の中にある不安を強める。
俺がこのメンタルケアセンター。AIとして身体を得た者が社会性を身に付けるための学習や、今の俺のように事故で後天的に記憶を失くしたものが過ごす場所で、さっきのアキの何気ない一言が、俺の思考をの奥深くに眠る何かを思い出させそうになり、それで動揺していたのだ。一年前、俺は確かにここに来ていた。そこでアキに出会って
記憶がその頃には存在していないのだ。
「春……」
アキの声がまた聞こえた。思わず振り向いた俺の背後にアキはいた。
「なぜ、俺の
もちろん、居場所が何故わかったのか?と言う意味じゃない。なぜこんなに早く俺のすぐ後ろにやってこられたのか。その疑問だ。だが、それを俺が口にするよりもアキが次の言葉を言う方が早かった。
「そこに……、私がいたんだね」
そこに?何を言ってるんだ?完全に不可解な事を口走っているアキに俺はそう言い得層として、そしてその瞬間、俺は気付いた。思い出した。
「アキが……ここにいた」
俺は意識の土の下から芽生えてきた記憶のままに一心不乱に木の根を覆う土を掘り返した。
指が汚れるのも構わず、掘り返したその先から現れたのは——アキと書かれた猫用のネームプレートだった。
「それが、私なんだね?」
アキは悲しむようでも怒るようでもなく、しかしどこかやりきれない感情のこもった目で俺と、『アキ』のネームプレートを交互に見ていた。
「俺が——確かにここで事故に遭ったんだった」
他でもない。不注意からの自転車衝突で俺が『アキ』を死なせてしまっていたのだ。
「私、ここで春を迎える途中だったんだ」
かつてのアキは春を迎えられずに死んだ。今のアキは春を知らない。
「これから春が始まるんだね」
そう呟くアキの肩に、気が付くと俺は震えながら手を伸ばしていた。