ユッカの憂鬱

文字数 1,007文字

 もういい加減にして欲しいわ。

 あたしの名前はユッカ・エレファンティペス。“青年の木”とも呼ばれている丈夫な観葉植物よ。水やりもそんなにマメにしなくていいから、うちのご主人(マスター)みたいなズボラさんの元でもこうして立派に生えていられるってわけ。

 大抵のことには我慢強いあたしだけど、彼の喫煙癖だけはダメ。無理。彼女と別れると爆発的に本数が増えるから、よけい手に負えなくなるのよね。あ、ほら。言ってるそばから換気もせずに吸いはじめてる。どうやらまた振られたみたいね……。

 ――やったわ! ついにこの日がきたのだわ!

 あたしは思わず葉と葉でガッツポーズを作っていた。ま、植物のこの繊細な動きなんて人間にはわからないでしょうけどね。

 そんなことより、ご主人(マスター)にまた彼女ができたんだけど、それがとっても理想的な女性なの。タバコの煙が大の苦手で、趣味はなんと園芸なんですって! ね、すばらしいでしょう? 歴代の彼女の中でも間違いなくピカイチだわ。

 彼女と同棲を始めてからというもの、日に日に鉢植えの数が増えていき、それと並行して、ご主人(マスター)がタバコに火をつける回数が減ってきた。

 近頃では彼女に怒られるのがよっぽど怖いのか、せっかく買ってきたタバコの箱を、封も切らずに本棚横の隙間にそっと隠しているところをよく見かけるようになったわ。良い傾向だけれど完全にやめる気はないみたいね。

「おはよう! 今日も可愛いわね、ユッカちゃん」

 浄化されつつある室内の空気を葉脈いっぱいに吸い込んでいると、彼女さんが朝のあいさつをしながら近寄ってきた。

 あたしもおはようと葉を振りかけて――むむっ!? やだやだ、何これ。嫌な予感と嫌なニオイがするんですけど!?

「うふっ。今日からみんなのお友だちになるタバコちゃんでーす。仲良くしてあげてね!」

 彼女さんはニコニコ笑いながら、青々とした葉っぱがみごとにしげった鉢をあたしの隣にデンと置く。え……えええぇーっ!?

 ご主人(マスター)に向かって「タバコちゃん、一度は育ててみたかったのよねー」なんて大はしゃぎしている彼女さんにため息が出る。そっか、タバコの

は苦手でも、観葉植物として育てる分には問題ないんだ……。

 新入りさんは「こんにちは」と愛想よく頭を下げてきてくれたけど、その息にかすかなタバコ臭を感じてしまうあたし。あーあ、喫煙からやっと解放されたと喜んでいたのにまさかの展開。

 これから長い付き合いになりそうだわ。
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