赤い満月の夜に
文字数 2,936文字
それがな、あの二十歳 そこそこに見える団長もランタンも、本当は百歳を超えてるっていう話だぜ? そうだ、人間じゃないっていう噂だぜ!
つまりはランタンも魔物 だから、ちょっとやそっとのしごきじゃ死なないって訳なのさ。
つまりはランタンも
そうだよなあ! なんでもランタン嬢は小さい頃から団長に……人間で言うと文字通り「死ぬほどの」しごきを受けて、あそこまで大成したって話だぜ。
長い白手袋や、そろいのタイツで隠された柔肌 には、痛々しい古傷や赤々しい生傷がごっそり浮いてるそうなんだ。人形みたいに整った顔は商売道具だから、そこだけは綺麗なままだがな……。
長い白手袋や、そろいのタイツで隠された
そうだよなあ、ほんとにそうだ!
……あの団長な、車輪のついた馬鹿でけえ荷物をひいてるだろう? あの中にはな、ランタンをしごく拷問道具がごっそり詰まってるっていう噂だぜ。踊り子は一曲ごとにいちいち幕外に引っ込んで、しばらく出てきやしないだろう? あの時に団長がいちいちその拷問道具でヤキを入れてるっていう話……、
……あの団長な、車輪のついた馬鹿でけえ荷物をひいてるだろう? あの中にはな、ランタンをしごく拷問道具がごっそり詰まってるっていう噂だぜ。踊り子は一曲ごとにいちいち幕外に引っ込んで、しばらく出てきやしないだろう? あの時に団長がいちいちその拷問道具でヤキを入れてるっていう話……、
二人連れの男性客はわざとらしく口をつぐみ、さっさと即席で張ったテントを後にする。
二人をにらみつけていた通りすがりの団長が、はああと大きくため息をつく。うんざりした風に首をふり、テントの中にこしらえた小さな楽屋に入っていった。
楽屋の中には、噂の「歌うランタン」が機嫌よく口笛を吹いていた。長手袋を外そうとしていた手を止めて、「はぁい」と気安げに、恋人に対するようなしぐさで手をふった。
二人をにらみつけていた通りすがりの団長が、はああと大きくため息をつく。うんざりした風に首をふり、テントの中にこしらえた小さな楽屋に入っていった。
楽屋の中には、噂の「歌うランタン」が機嫌よく口笛を吹いていた。長手袋を外そうとしていた手を止めて、「はぁい」と気安げに、恋人に対するようなしぐさで手をふった。
正真正銘「今年で二十歳 」の団長は、子供がかんしゃくを起こしたように言いつのる。頭のシルクハットがはずみで脱げて、さらさらの短髪が少し乱れたその毛先を、ランタンは優しい手つきで撫でてやる。
なだめるようなランタンの声音に、団長が少しおとなしくなる。彼女の長手袋を外す手伝いをしながらも、まだすねるようにぷつぷつぼやく。
言いながら脱がした美しい少女の右手には、一つの傷もついてはいない。褐色 の肌は美しく、すべすべとなめらかで、ただ関節のところにぐりぐりと球体のあしらわれた――どう見ても人間のものではない腕だった。
「歌うランタン」……踊るからくり人形の少女は少し気の毒そうに、しみじみとささやくようにこう告げた。
「歌うランタン」……踊るからくり人形の少女は少し気の毒そうに、しみじみとささやくようにこう告げた。
……ねえ団長。もう良いのよ、無理して旅して「腕の良い工学者」を見つけなくても。一曲ごとに下半身のつけ替えが必要な体だって、立派に踊れるんだもの。あたしは普通の「旧型のからくり」でも満足よ、博士の孫のあなたと一緒にいられれば!
……そうはいかない。君に「一体の完ぺきな下半身を見つけてくれ」って、じいさんにそう頼まれたんだ。両親を事故で亡くした幼い僕を育ててくれた、唯一の親族の遺言だぜ? 周囲に期待されながら、まともな工学者にもなれなかった僕の、これはせめてものつぐないなんだ。それに……
ふっと言いよどんだ団長が、頬を染めてそっぽを向きながらつぶやいた。
きょとんとなったランタンは、人形の肌を染めるかわりに、泣き出すようにくしゃくしゃっとはにかんだ。
おうおう! 仲のよろしいこって!
いきなり男の大声が響き、二人の肩がびくっと大きく跳ね上がる。
驚いてあたりを見回すと、さっきの「団長の悪い噂」でもちきりだった男二人が、笑いながらカーテンの陰から姿を見せた。
まったく、そういう事情ならそうと明かせば良いのによ! 安心しな、俺らこのこと出来るだけ周りに言いふらすから! こう見えても俺はラジオのパーソナリティ、俺がしゃべれば広い地域に筒抜けだ! 今度っからは安心してどこでも公演できるぜえ!
そう言い残すと、男二人は嵐のように去っていった。あとに残された人間と人形のカップルは、しばし呆然となっていた。やがてランタンの方が先に気を取り直し、自分のさらさらの髪束 を右手で握って微笑んだ。
苦笑いする二人は、まだ知らない。この晩に例の男はラジオで二人の秘密を語り、それを耳にした「隠居している凄腕 の工学者、御年 九十歳」からさっそく連絡が来ることを。そうして一つの下半身で百の踊りを踊れるようになったランタンと、団長は世界一有名な『からくり人形一座』として、一生の間ともに旅するということを――。
天幕の向こう、うっすらと満月が透けてほんのり輝いている。その美しい満月は、赤いランタンのようにも見えた。(了)
天幕の向こう、うっすらと満月が透けてほんのり輝いている。その美しい満月は、赤いランタンのようにも見えた。(了)