赤い満月の夜に

文字数 2,936文字

*男


……いやあ、すげえなあ!

さすが(うわさ)に聞く踊り子のショーだ、いっそすさまじいくらいだったな!

*男の友人


ほんとだよなあ! 全く違うテイストの舞をすべて完ぺきに踊りこなすたあ……! しかも全曲ダンスの歌を歌いながら! 曲は大音量のラジカセ一台だから、音が負けるくらいだったな!
まったくだな! ああいうのを「天才」「鬼才」っていうんだな!
……でもな、知ってるか? あの一枚看板の踊り子……芸名「歌うランタン」な、(かげ)ではずいぶん団長にいじめられてるって話だぜ?
えぇええ!? 嘘だろ!? だって「歌うランタン」一座って、団長と踊り子たった二人の、流しの芸人一座だろ? 万が一いじめが過ぎて、ランタンに死なれたら困るのは団長本人だろう?
それがな、あの二十歳(はたち)そこそこに見える団長もランタンも、本当は百歳を超えてるっていう話だぜ? そうだ、人間じゃないっていう噂だぜ!
つまりはランタンも魔物(あやかし)だから、ちょっとやそっとのしごきじゃ死なないって訳なのさ。
はあ……、それにしたって、まったくひどい話だな……!
そうだよなあ! なんでもランタン嬢は小さい頃から団長に……人間で言うと文字通り「死ぬほどの」しごきを受けて、あそこまで大成したって話だぜ。
長い白手袋や、そろいのタイツで隠された柔肌(やわはだ)には、痛々しい古傷や赤々しい生傷がごっそり浮いてるそうなんだ。人形みたいに整った顔は商売道具だから、そこだけは綺麗なままだがな……。
うわあ……団長の種族って「悪鬼(あっき)」じゃないのか? 文字通り「人の道に外れた」所業(しょぎょう)だ……!
そうだよなあ、ほんとにそうだ!
……あの団長な、車輪のついた馬鹿でけえ荷物をひいてるだろう? あの中にはな、ランタンをしごく拷問道具がごっそり詰まってるっていう噂だぜ。踊り子は一曲ごとにいちいち幕外に引っ込んで、しばらく出てきやしないだろう? あの時に団長がいちいちその拷問道具でヤキを入れてるっていう話……、

*団長


……こほん、コホン!!

おっと、これは危険(けんのん)けんのん!
二人連れの男性客はわざとらしく口をつぐみ、さっさと即席で張ったテントを後にする。
二人をにらみつけていた通りすがりの団長が、はああと大きくため息をつく。うんざりした風に首をふり、テントの中にこしらえた小さな楽屋に入っていった。
楽屋の中には、噂の「歌うランタン」が機嫌よく口笛を吹いていた。長手袋を外そうとしていた手を止めて、「はぁい」と気安げに、恋人に対するようなしぐさで手をふった。

*歌うランタン(踊り子)


あら、どうしたの? 団長、ご機嫌ななめじゃない。せっかく今度の公演もうまくいったのに!

そりゃあ君は良いだろうよ、噂の中でも『悲劇のヒロイン』なんだから! でもこっちは『百歳を超えた魔物(あやかし)』だよ、『ごうつく陰険団長』だよ? この扱いの差、ひどくない?
うふふ、別に良いじゃない! 言いたい奴には言わせとけば! 誰よりもあたしは知ってるわ、あなたがほんとに良い人だって!
そりゃあ僕は良い人ですよ、よっぽどのお人好しですよ! からくり人形工学者の祖父(じい)さんが(のこ)してくれた君のために、こうして旅しているんだから!
正真正銘「今年で二十歳(はたち)」の団長は、子供がかんしゃくを起こしたように言いつのる。頭のシルクハットがはずみで脱げて、さらさらの短髪が少し乱れたその毛先を、ランタンは優しい手つきで撫でてやる。
知っているわ、「拷問道具が入っている」と言われる荷物には、あたしの下半身が十体も入っているってこと。その一つひとつがそれぞれに、一曲だけのダンスを踊れる足だってこと
なだめるようなランタンの声音に、団長が少しおとなしくなる。彼女の長手袋を外す手伝いをしながらも、まだすねるようにぷつぷつぼやく。
……まったく、僕のじいさんがもう少し腕の良い工学者だったらなあ! いちいち下半身をすげ替えなくても、素晴らしい踊り子人形を造れたろうに!
言いながら脱がした美しい少女の右手には、一つの傷もついてはいない。褐色(かっしょく)の肌は美しく、すべすべとなめらかで、ただ関節のところにぐりぐりと球体のあしらわれた――どう見ても人間のものではない腕だった。
「歌うランタン」……踊るからくり人形の少女は少し気の毒そうに、しみじみとささやくようにこう告げた。
……ねえ団長。もう良いのよ、無理して旅して「腕の良い工学者」を見つけなくても。一曲ごとに下半身のつけ替えが必要な体だって、立派に踊れるんだもの。あたしは普通の「旧型のからくり」でも満足よ、博士の孫のあなたと一緒にいられれば!
……そうはいかない。君に「一体の完ぺきな下半身を見つけてくれ」って、じいさんにそう頼まれたんだ。両親を事故で亡くした幼い僕を育ててくれた、唯一の親族の遺言だぜ? 周囲に期待されながら、まともな工学者にもなれなかった僕の、これはせめてものつぐないなんだ。それに……
ふっと言いよどんだ団長が、頬を染めてそっぽを向きながらつぶやいた。
……君と旅するのは、楽しい
きょとんとなったランタンは、人形の肌を染めるかわりに、泣き出すようにくしゃくしゃっとはにかんだ。
おうおう! 仲のよろしいこって!
いきなり男の大声が響き、二人の肩がびくっと大きく跳ね上がる。
だ……誰だ!?
驚いてあたりを見回すと、さっきの「団長の悪い噂」でもちきりだった男二人が、笑いながらカーテンの陰から姿を見せた。
まったく、そういう事情ならそうと明かせば良いのによ! 安心しな、俺らこのこと出来るだけ周りに言いふらすから! こう見えても俺はラジオのパーソナリティ、俺がしゃべれば広い地域に筒抜けだ! 今度っからは安心してどこでも公演できるぜえ!
おぃいいい! 勝手なことしてくれんなよ! てかお前ら、何勝手に楽屋に入ってやがんだよ! 侵入罪で訴えるぞお!!
はは、固いこと言いっこなしよ! じゃーな、アツアツのお二人さん!!
そう言い残すと、男二人は嵐のように去っていった。あとに残された人間と人形のカップルは、しばし呆然となっていた。やがてランタンの方が先に気を取り直し、自分のさらさらの髪束(かみたば)を右手で握って微笑んだ。
……ふふ、まあ良いんじゃないかしら? こうなればきっと「腕の良い工学者」の情報も集まりやすいわよ。ラジオを聴いた人たちが「自分の近所に腕の良い工学者がいるよ」って局に連絡をくれるかも!
……はは、まあそうなれば良いけどね……!
苦笑いする二人は、まだ知らない。この晩に例の男はラジオで二人の秘密を語り、それを耳にした「隠居している凄腕(すごうで)の工学者、御年(おんとし)九十歳」からさっそく連絡が来ることを。そうして一つの下半身で百の踊りを踊れるようになったランタンと、団長は世界一有名な『からくり人形一座』として、一生の間ともに旅するということを――。
天幕の向こう、うっすらと満月が透けてほんのり輝いている。その美しい満月は、赤いランタンのようにも見えた。(了)

(追記)?

ちなみにタイトルの「歌うランタン」は、泉鏡花先生の「歌行燈(うたあんどん)」からなのです……(コソッ)

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登場人物紹介

おはこんばんちは! 作者の絵平 手茉莉です!

この話は自作「歌うランタン」のチャットノベル版です! 短編集(?)「金平糖の小瓶。」に文章版も置いてあるので、そちらの方もよろしければご賞味を!

*「歌うランタン」


「歌うランタン」一座の踊り子。まったく違うテイストの曲を完ぺきに踊りこなし、踊りながら歌まで歌う。団長に虐げられているという噂《うわさ》があるが……?

*「団長」


「歌うランタン」一座の団長。いろいろと良くない噂があるが、真偽のほどは……?

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