第1話

文字数 776文字

私には何もないの、
そう発言すれば、お前は神経質だ、メンヘラだ、社会のお荷物だ、社会不適合者だ、と、
苛む声が聞こえる。それは内に鳴り響く警鐘であり、実際に過去に浴びせられた有象無象の言葉だ。言えたらいい。誰でもいいから、聞き流してくれればいい。私は私は、と悲劇を語らせて欲しい。それだけなんだ、それだけなのに。

会社は、それを言うべきではない場所。
いや、言っては、その後の私が困るのだ。
恋人は、大切過ぎて、壊せない。
そもそもすでにわがままを言い過ぎている、これ以上は言えない。相手の時間があり、私の時間があるように、相手の憩いの時間を、それを享受する権利を侵害してはいけない。

なぜなら、私には何もない、なんて暴力的な言葉、なんて主観的で断定的で事実無根な言葉、
嘘吐きだ。

本当は、何もないなんて、思ってない。

私は、誰かを惹きつけたいのだ。


私は何もないんだと、誤解して欲しい、心配して欲しい、同情して欲しい、蔑んでくれてもいい。

誰か私を、ここにいると保証して欲しい。

私は東京にいる。恋人との幸せな日々がある。頑張りたい仕事がある。給料は人並みにもらえている。一緒にいて楽しいと感じられる友がいる。家族との関係も良好だ。

好きなブランドの服や鞄を買って、デパコスのコレクションも増えてきた。

……で、それで? 

そんなふうに、たまにとても心が虚しくなる。
仕事中は早く休みたいと思ってるのに、休みになると心底疲れてしまって、退屈で、やることがない。唯一の趣味は、作品を楽しむことだけ。夢中になれる作品を見てる間だけ、私は生きてる。

夢中になれるものがないから、
くしゃくしゃの毛布にくるまってベッドに寝そべり、ぼんやり天井のシミの数を数えてる。


私はメンヘラなんだ、誰かが言った。呪いの言葉を反芻する。死なないぞ、と思えば思うほど、生きる渇望が見つからない孤独に、息が苦しい。




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