パンクする! 音楽について

文字数 2,605文字

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うわっ! あれ、なんで……先生さんいつの間に居たのっ? ここ僕の部屋なんだけど……
え、ついさっきだよ? 学校帰りにちょっと寒かったから寄りました。やっぱ炬燵はあったかいなぁ
いや、勝手に暖を取られても困るんだけど……っていうか、このくだりは中盤でやるんじゃあ……
いいじゃん別に。細かい事は気にしない気にしない。それにしてもこんな時間に自室に引きこもっているとは、お兄さんの仕事とは一体
あっ……ええと今はフレックスタイムの非常にクリエイティブな仕事をしていてですね
まあどうでもいいや。とにかく静か過ぎるからなんか音楽かけない? なんかCDとかないの?
えぇ……どうでもいいって……ああーっと。CDは一枚も持ってないや。音楽とか聴かないし
えっ! 一枚も……一枚も持ってないのっ?
うん……まあ。でも今時そんなに珍しくも――
だから彼女居ない歴=年齢で無職なんだよ! そりゃモテないし職もないわけだ
ぐう……事実が含まれているからあまり強く反論できない……
じゃあ私がお兄さんにぴったりな音楽ジャンルを推薦してあげようか!
じゃ、じゃあお願いします……教えて! 先生さん
うーん……お兄さんみたいに自堕落で無職でなにもしてなくいニートにピッタリな音楽かぁ
なんかすごい罵倒された気がする。それに無職でなにもしてなくてニートって大体意味同じだし
あっ、そうだ! パンクだよ! お兄さんにはパンクロックが似合ってるよ!
パンク? パンクってデトロイトメタルシティみたいな?
いやいや、あれはヘヴィメタル。どっちもファックとかアスホールとかいう単語は大好きだけど、ヘヴィメタは歌詞の攻撃性が強くて宗教的禁忌をぶん殴るような音楽で、パンクは権威主義への反抗と我が道を行くみたいなメッセージが強いかな。まあ『パンク』っていう言葉はチンピラとか不良みたいな俗語だから、推して知るべしだね
ザックリしてるなぁ
しょうがないでしょ! フリーターにもお兄さんみたいに全く働かないニートとせっせとアルバイトをこなす人がいて、一つの事柄が全く逆の性質を示していることだってあるんだから一言では言いきれないんだよ!
あ、はい……なんかよくわかりました
最近でいうとロックの殿堂入りしたグリーン・デイとかは有名なポップパンクグループだよね。でも、パンクを語る上で欠かせないのがシド・ヴィシャスの存在なんだ
誰それ。そんなに有名人なの?
うーん。活動時期が1970年代後半とかだから知らなくて当然かな。セックスピストルズっていうバンドに所属していたパンク界の王貞治、アインシュタイン、竹内力! まさにレジェンドなんだ
竹内力のせいですごいレジェンドが身近に感じるなぁ……
なにがレジェンド級パンクかって、シドはベースが弾けないベーシストなんだ。パンク的にはビリー・シーンよりも世界的なベーシストと言っても過言ではないよ
えっ、ベースが弾けないのにベーシストっておかしくない? なんでそんな人がバンドにいるの?
シドは元々ドラマーだったんだけどピストルズのボーカル、ジョニー・ロットンが彼の生まれながらにしてパンクな生き様に魅せられてなぜかベーシストとして大抜擢されたんだ
じゃ、じゃあベースは一体誰が弾いてたの……?
ベースはギタリストのスティーヴ・ジョーンズがシドの代わりに弾いてたみたいだよ。でもそれは録音に限っての話で、ライブでは流石のシドもベースを持たされたみたいんなんだけど穏やかなフォークソングですらパンクに変えてしまうくらい劣悪な下手さ加減だったらしいね。やっぱりパンクだなぁ
確かにパンクだけど……でも、そんな話題性だけでレジェンド扱いされてるの?
シドはとにかく私生活がパンクなんだよ! お兄さんみたいに何もせずにとにかく自堕落だったらしいんだけど――
ああ、だからパンクロックを勧めたのか……
バンドを始める前からクソッタレな薬中として有名だった
いや、いやいやいやいや! まるで僕まで薬中みたいに勘違いされるから。陰性です
ベースが弾けない代わりにベースで観客を殴ってみたり、クイーン・オブ・パンクとも呼ばれるパティ・スミスの弟ドットをビール瓶で殴ってみたり、恋人のナンシーと愛情を確かめ合う為にとりあえず殴ってみたり……
殴ってばっかだね、シド・ヴィシャス
挑発された腹いせに自分の腕にナイフを突き刺しながらステーキ食べたり、没後に作られたナンシーとの馴れ初めを描いた「シド・アンド・ナンシー」っていう映画タイトルが彼自身薬中だったせいでパッと見「シド・アンド・シンナー」にしか見えなかったり、母親が転んだ拍子にシド遺灰がヒースロー空港にばら撒かれたせいでパンクなことに世界で最悪な空港No.1に選ばれたり
なんか途中から逸話とはあまり関係ないような
それだけ圧倒的なカリスマ性があったってことだよ。実際、彼がピストルズとしてバンド活動をしていた時期は一年だけなんだ。齢21で没するまでの短い生涯にも関わらずここまで神格化されるだけのモノを彼は確実に持っていたんだね。荒廃した彼はソレをヤクと交換していくうちに衰弱し、やがて歌を一曲歌い終えることもできない体になった
……なんか、なんて言っていいのかはわからないけれど、カッコイイ生き方だよね。刹那的な生涯に色々な物が詰まっているというか。人生を精一杯謳歌したような、まさにパンクな生き方
そのパンクな信念こそが彼をよりパンクたらしめる柱なんだろうね。最後はヘイロンのオーバードーズだった。彼は「25歳までに死にたい」と言っていたから少し老いた見え方のする世界に興味はなかったんだろう
……先生さん?
なに?
なんとなくいい話に纏めながら僕のノートPCを弄って勝手にベースギターを買い物かごに入れていくのはやめてくれない?
あ、ばれちゃった? これはお兄さんを社会復帰させる第一歩。シドみたいにベースを壊すことでカリスマに目覚めるかもしれないでしょ!
絶対ないから。ベースの使い方が根本的に違うしなんかこう、音楽に触れて~~とか別の言い方とかもっとさ――
そんな甘っちょろいこと言ってるからニートなんだよ! これはもう重傷だね。15シド・ヴィシャス分くらいベースを壊さないと
あっ……ちょ……やめて! 財布がパンクからやめて!
(先生さんから一言:ヒースロー空港にシドの遺灰がばら撒かれたくだりはピストルズのボーカル、ロットンの嘘だよ!)
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登場人物紹介

・先生さん
「さきう」と読むらしい。とある商業高校に通っているらしく無駄に雑学を弄する割に勉強はあまりできないタイプ。すぐ調子に乗る。たまに知識が間違っているし、ちょっとうざい。芦田愛菜と浅田真央の区別がついていない。

・お兄さん
近所に住んでいるお兄さん。どこの近所なのか、誰にとっての近所なのかは今一わからない。幸が薄く地味。鬼のようなシルエットをしている割に天使のような包容力を持つ。ロン毛が似合っていない上に仕事もしていない。

・先生さん家の近くに棲んでいる未亡人
夫をアリクイに殺されて意気消沈していた所、親身になって励ましてくれた親戚と名乗るおじさんに財産を横領され人間不信に陥る。一時は塞ぎこみ自暴自棄になったが病院で夫の子を授かっていたことを知り、新たな生命の胎動を感じながら立ち直る決心をする。なお作中に出てくることはない。

・ハッシー
大橋涼子。先生さんと仲がいいが男の趣味が悪い。中学では番を張っていた実力を持つ。殴られると痛い。

・ミッキー
三木怜華。舞浜が好きそうな名前の割に毎年北海道の雪祭りに行っている。子供が嫌いでピアノは弾けないが保育士を目指している。

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