第1話

文字数 1,674文字

灰色の荒野に歪に変形した建物。
辺りには、生きていた生物たちの残骸が転がっている。
そんな地獄の中で、少女は一人歩いていた。
足は熱された地面を歩いてきたことで半分炭化していて、身体の皮膚はどこも溶け爛れている。
ただ、そんな中でも少女はあるものを大事そうに抱えていた。
コップの半分にも満たない水の入った水筒。だが、この地獄のなかで少しでも熱を忘れさせてくれる魔法の水だった。
今にも崩れてしまいそうな足で歩く少女。
その目的地は母が働く工場だ。
その道中で呻きにも似た声を拾う。
声のする方を見ると身体の大部分を欠損し、さらに身体の大半が炭化した生きているかも怪しい人の形をしたものがあった。
近づいてみると確かにそれの口から音は出ており、何をいているかは分からない。
だが、少女は水筒の蓋を開け、口に少しだけ水を垂らした。
声が止んだ。
死体から何か返ってくることはなく、少女はそこで初めて寂しいという感情を思い出した。
水筒の蓋を閉めるのを忘れ、少女は目的地に向かってまた歩き出す。
足の裏から炭化した部分がボロボロと崩れ落ちていく。
そこから見える肉は黄色く変色しており、変な汁のようなものがぽたぽたと地面に跡を残していく。
ふとある建造物が目に入る。
いつも少女が母親と配給を貰いに行くときに、よく見る石像だ。
今は半分以上かけているが、それと分かるくらいには原型を残している。
暖かい母の手、少女は衝動的にそれを掴もうする。
ただ、空を掴むだけで隣には誰もいない。
哀しい。
寂しいの次に思い出した感情がそれだった。
お母さんが待ってる。
そう思い、少女はまた歩き出す。
道を行く途中、足に何かが当たっているのに気が付く。
見れば、水筒から滴り落ちる水だった。
急いで水筒の口を上に向ける。
水筒を振ってみても、水の入っている音はしない。
試しに手に水を落とそうとする。
すると、一滴だけ手のひらに水が出てきた。
良かった。
少女は水筒を捨て、次はその一滴を大事に抱えて歩き出す。
どのくらい歩いたのだろう?辺りは少し暗くなってきて、寒さの代わりに痛みが痛覚を通して伝わってくる。
どこにも工場がない。
本当はここらへんにあるはずなのに。
少女は絶望を覚え、足が止まってしまう。
下を向くと、ボロボロになった自分の身体が映り、滴を握る手は赤から黄色に変わっている。
お母さん。
少女が言葉にしようとしても、喉が焼けていて声に出ない。
もう嫌だ、そう諦めかけた時、母の働く工場の看板が灰に埋もれているのを見つける。
何を書いてあるかは分からない。だけど、自分はたどり着いていたのだ。
なら、探さなくては。
灰に埋もれた死体の中から一つ一つ確認していく。
どれも衣服が残っておらず全身真っ黒だ。
分かるはずもない、母の姿など分かるはずもないのだ。
だから少女は手を握った。
一人一人の手を握って、母親じゃないかを識別していく。
そして、見当たる辺り最後の死体で母を見つける。
温もりも感触もないけどこれが母親だと感じる。
ああ、やっと見つけた。
母の顔は目も鼻も溶けてなってるけど、口はかろうじて残っている。
そこに水を握りしめた拳を持っていき、水を飲ませようとする。
だが、水は消えており、手から零れ落ちたのは灰だった。
少女はそこで虚しさを思い出す。
心が空っぽで、思いでさえも風化していく。
少女は無力だった。
ふと母の身体にウジ虫が湧いているのを見つける。
ウジ虫が母の身体を食らい、母が無くなっていく。
ウジをどけようと手を伸ばすとポロと母の身体が崩れた。
少女はそれを見つめ、拾い上げる。
母親の破片。
それにもウジがたかり、今も食い荒らしている。
少女は虚ろな目でそれを見つめると、破片を口の中に入れた。
口の中でゴリゴリと音を鳴らしながら、かみ砕く。
それを飲み込む。
美味しいのかは分からない。だけど、母に群がるウジを見ていると自分もそうしたくなる。
少女はもう一度母親の身体を砕くとそれをまた口に入れ、かみ砕く。
寂しい、悲しい、虚しい。
空っぽになった自分がその行為によって救われる。
ウジと食事を共にすることで、寂しさも哀しみも忘れられる。
母さんおいしい。








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