第1話

文字数 6,526文字

働きアリ           石枝隆美



 大学生活で頑張ったことといえばコンビニでのバイトだ。大学2年の時から、週3、4でシフトに入っていた。お金に困ってるわけではなかったが、大学生活でこれといって勉強したいものがなかったので、暇つぶしにバイトをすることにした。
 それが、大学4年生になり、就職活動真っ只中、なんの目的意識もないまま、大学生活を送ってしまった俺は、就職するという壁を乗り越えられずにいた。
 一応、合同説明会やエントリーシートという類のものには参加してきた。でも、みんながやってるから、ただそれだけの理由で、この企業から内定を取ってやるという気持ちにはなれなかった。

「浩太、面接やったことある?」
「まだない。お前は?」
「俺、この間面接やってさーまじテンパっちゃって、自己アピール棒読みだったよ、やばいよな。」
「まぁ、まだ練習が必要ってことなんじゃね?志望動機とかはどうしてんの?」
「あー企業のホームページとか見て、企業研究するけど、なんかピンとこないんだよなー、本当にやりたいことがどうかわかんねーし。」
「だよな。」
 俺は親友の勇一郎と傷を舐め合い、就職活動なんてそのうち、どうにかなるもんだと思っていた。

 俺は中学、高校、とエスカレーター式に推薦で受かって来た。いわば、初めて就職試験という試験に受けるわけである。大学でも何か頑張った経験は無かった。だから、自己アピールを書くのに非常に困った。一つやり通したことといえばバイトくらいだったが、大学生ともなると、バイトの一つや二つ皆やっている。他と差をつけるものが何もない。
 
 二
 
 バイト終わりに勇一郎と面接練習することにした。
「自己アピールは何ですか?」
「はい、大学2年生からコンビニでバイトをしまして、接客やバイト仲間との上下関係などの人との関わりの中で学びが多くあり、コミュニケーション能力が身につきました。その能力を活かし、御社の営業職で力を試したいと思い、志望しました。」
「なんだろう…なんか弱いなぁ。いや、ハッキリ言っちゃうけどさ、営業なら他の企業でもどこでも良いわけじゃん。まぁ、どこも内定もらってない俺が言うのもなんだけどさ。」
「いや、正直に言ってくれた方がいいよ。そっか。やっぱまだ詰められてないんだな。俺、面接までいかないかも。」
「いやいやまだ就活は始まったばっかだぜ?スタートダッシュは遅れたかもしんねぇけど、これから面接のやつだってまだまだいるんだ。諦めたらダメだよ。」
「そうだな。まずは書類通るように頑張るよ。」

 三

 友達と別れ、バイトの時間になり、コンビニに向かった。
「長屋君、今日から入った新人の飯館くんだ。長屋君はここで働いてもう長いからね、教育係としてよろしく頼むよ。」
「あっはい。」
飯館が「よろしくお願いしやーす。」と言った。
新人の飯館はなんだかチャラくて軽いノリで、本当に働きに来たのだろうかという雰囲気だった。

 コンビニのトイレの汚れがひどく就活が苦戦しているせいもあり、うんざりしていた。なのに、飯館は手伝う気配もなかった。
ランチタイムは店舗周辺で働いている人たちが殺到する。一気にレジが長蛇の列になった。
「俺がレジやるから、飯館君は袋に詰めて。」
「わかりやした〜。」
 飯館は袋に詰めるのが遅い。しかし、焦ってる様子もなかった。マイペースに笑顔を浮かべながら、袋に詰めている。俺はその様子に苛立った。
 長蛇の列が収まり、正常に戻ってから俺は言った。
「飯館君さ、なんでそんなマイペースに袋に詰めるわけ⁉︎初めてなのはわかるけどさ、俺が必死にレジ打ってんのに、そんな急がないで俺に喧嘩売ってんの?」
「何マジになってんすかー僕はこれでも真面目にやってますよ。長屋さんそんなカリカリしないで下さいよ〜。」
まるで話にならない。こんな後輩、俺の職場にいらないと思った。

 四

「こんにちは。肉まん一つ下さい。」
常連のお客様が来た。
「あっはい。こんにちは。」
「今日も男前だね。女房が無性に肉まん食べたくなったっていうもんだから買いに来たんだよ。」
「ありがとうございます。肉まん美味しいですもんね。わかりますよ。」
「ん?髪型変えたかい?」
「あっわかります?ちょっと切ったんすよ。さすがっすね。」
おれのことを知ってる常連さんが来る時は少し会話をする。それがコンビニで働いてる中で嬉しくなるひと時だ。

「先輩、なんでコンビニで、働こうと思ったんすか?」
 モップでコンビニの床を掃除してると、品出しをしながら飯館が話しかけて来た。
「俺はたまたま近所で働けるとこないかなって探してた時に、シフト制で融通がきくコンビニを見つけたから入ったんだよ。」
「そうなんすか、僕はフリーターやってて、前の職場でミスってクビになったから、コンビニならできるかと思って来たんす。」
「お前、コンビニならできるかってコンビニほど色々やんなきゃいけないことある仕事無いぞ?侮ってたらえらい目に遭うからな。」
「こわいっすよ、先輩。脅さないで下さいよ。」

 五

「浩太、俺一次面接通ったさ、マジ嬉しいんだけど。」
勇一郎が大学で、俺を見かけるなり走って来て、話しかけて来た。
「ほんとかよ、良かったな。」
「就職課に相談したらいい人がいてさ、何回か相談に乗ってもらってるうちにあれよあれよという間に受かったぜ。」
「へぇー俺も面接まで行けばいいんだけどな。」
「お前も相談に行けよ。確か…坂田さんって人だったよ。」
「ふーんちょっと顔出してみようかな。」

 就職課に行ってみると、相談は予約制ということだった。俺は坂田さんを指名して翌日相談することになった。大学の講義が終わり、勇一郎と帰りが一緒になったので、一緒に帰った。
「勇一郎、今までで何社受けた?」
「エントリーシートとか書類選考とか合わせたら、二十は受けてるね。」
「俺はまだ五社くらいしか受けてないな。なんか書類書いてても、志望動機とか思いつかなくて、全部似たり寄ったりのこと書いちゃうんだよ。俺が働けるとこなんてあんのかなぁ〜。」
「坂田さんはその企業に入りたいっていう熱意が無いとどこ受けても受かんないよって言ってた。人事はプロだからさ、嘘ついてたら見抜けるんだよ、こいつ本気じゃ無いなとか。」
「熱意か…やっぱ企業研究して入りたいって企業探さないとな。ありがとな。」

 六

 翌日、俺は就職課の坂田さんに会いに行った。
「あの、書類が全然通らなくって、どうしたらいいんでしょうか。」
「その書類を送った企業は本当に入りたいところでしたか?」
「正直そこまでは…募集してたから応募してみた感じです。」
「…そうですか。あなたは大学生活で何か頑張りましたか?」
「頑張ったことといえば続けられたのは、コンビニのアルバイトです。」
「あなたはコンビニで働いて何を学びましたか?」
「働く仲間との協調性とか、常連客とのコミュニケーションとかっすかね。」
「それは大事なことですね。どんな職場でも人間関係は大事です。でもそれだけでは力尽きてしまうでしょう。自分がどんなことに打ち込みたいのか。また、どんな社会人になりたいかをイメージしなければなりません。会社はあなたに働く場を提供してくれます。あなたは会社に何をして貢献できますか?」
「何をして貢献するか、ですか。」
「自分の好きなことを仕事にする人もいます。また自分の役割に生きる人もいます。働く目的をはっきりさせなければなりません。」
「働くってどういうことなんですかね、根本的に。」
「働くということは、ミュージシャンにしろ小説家にしろプロ野球選手にしろ、役目を果たした対価としてお金を頂くということなんです。どんな役目を果たしたいかを考え、それはどの企業、場所なら果たせるかを考えることが志望動機に繋がります。」

 俺は家に帰って来て、何を目的に働きたいのか考えた。社会のために何ができるのか、自分は何をしたいのか。俺はコンビニで働いて、物を売って人に喜んでもらう楽しさを知った。常連客と仲良くなったりしたら嬉しいし、人が何を求めて買い物に来たのかを知るのも好きだ。そうだ、俺は販売職をやりたい。自分が物を売ることで、人に幸せになってもらいたいし、人からありがとうと言ってもらえたら自分も幸せな気持ちになれる。

 俺は販売職に絞って就職活動を再スタートすることにした。

 七

 販売職のことを調べてみると、専門知識や特殊技能が必要になる場合が少なく、求人数も多いので未経験からでも目指しやすい職種だとわかった。また、アパレルや携帯電話、化粧品など、商品を販売する業種も多岐にわたり、働く場所も大型量販店やデパートから個人商店まで色々ある。

 俺はまた坂田さんに相談することにした。
就職課に行くと、坂田さんは予約でいっぱいで相談は1週間後ということだった。俺は早く相談したかったが、それまで自分で考えてみることにした。

 人事は大学生活中に何をして来たのか、何を頑張ってきたのかを知って、この会社で本当に一生懸命働いてくれるのかを見るはずだ。何かを頑張って来た人は魅力的に見える。俺はコンビニでのバイト経験が全てだ。それだけは自分なりに頑張って来たと胸を張って言える。
 それに、やっぱり好きなものを売りたい。俺は昔から電化製品が好きだ。暇さえあれば電気屋さんに電化製品を見に行き、物色している。一人暮らしを始めた時は好きな電化製品を買えると思ってワクワクした。俺は電気屋の販売職に絞って就職活動をしようかと考えた。

 八

 俺は就活のために大学が始まる前の早朝に2時間ほどバイトするようになった。日中は企業説明会に出席したり、履歴書などの提出書類を書く作業に充てた。
 
 飯館と二人のシフト体制の時に通勤ラッシュでひどくレジが混んだ。飯館は少しはレジを打つのが早くなったが、まだまだで、手こずっていると、
「あのさ、ちょっともう少し早くならないの⁉︎急いだんだけど。」とクレームをいう客がいた。飯館は「すいません。これが限界なんすよ。」と言ってしまった。客はレジでお金を払うなり、レジ袋をバッと取り、もうここ二度と来ないと捨て台詞を言って店を出て行った。
「飯館、今のはダメだろう。お客様に言い訳言っちゃダメだよ。」
「俺のせいっすか?」
「せいでもせいじゃなくても、限界だったら助けを求めればいいんだ。俺たちはチームであり、仲間なんだから助け合わないといけないんだよ。」
「すいません。」
 俺はあとから、新商品のアイスを飯館に奢ってあげたが、成長しない後輩に対して自分が何もできないのを情けなく思った。
 
 九

「今日の相談は何でしょうか?」
「あっえっと…」
 俺は浮かない顔で答えようとした。
「何か悩みでもありますか?」
 俺は見抜かれた。坂田さんには全て見透かされているような気がした。
「あの…バイト先の後輩が気が利かないっていうか、やたらマイペースで働きが悪いんですよ。注意しても直らないし、もうお手上げ状態で…。」
「長谷さん、働きアリの法則を知っていますか?」
「働きアリの法則?」
「働きアリの法則とは、集団を「よく働く・普通・働かない」に分けたとき、働きアリが全体の2割、普通のアリが6割、働かないアリが2割になるという性質のことです。」
「何が言いたいんですか?」
「働かない人は、社会を維持するために必要で、働く人だけでは、疲労などによって集団がうまく機能しません。働かない人は、人間社会では休憩している人とも考えられます。つまり、働かない人も世の中には必要な人なんです。」
「じゃあ働かない後輩も必要ってこと?」
「実は私も働かないアリだったんですよ。当時の私は営業職で成績が上がらなくてね、周りを妬んでばかりいて、他の職員の足を引っ張っていました。」
「えっ坂田さんが⁉︎」
「一緒に働く上で働かないのは確かに、長屋さんにとって迷惑かもしれませんが、そういう人はどこにでもいるものです。長屋さんが注意しても直らないのであればほっとくか、気づくまで待つしかありません。人を構っているよりも自分の仕事を全うすればいいのです。」
「なるほど…確かにどうしようもないですもんね。僕は自分の仕事をするまでですね。」

 十

一人暮らしの家に帰ると、母親から電話があった。
「浩太、久しぶり。元気でやってる?」
「うん、まぁ元気だよ。」
「そう、良かった。就職活動で滅入ってるんじゃないかと思ってたから安心したわ。」
「就職活動は大変だよ。でもやりたいことも見つかったし、あとは俺を必要だと思ってくれる企業に採用されるだけだって思ってる。」
「あら、なんだかずいぶん吹っ切れてるのね。」
「うん、就職課の人で良い人がいて、いろいろ教えてもらってるんだ。」
「そう。あんまり無理しないのよ。在学中に内定もらわなくたって、人生が終わるわけじゃないんだし、いつだって帰って来ていいんだからね。」
「ありがとう、母さん。」
 
 企業からの不採用のメールがまた来た。
 俺は、坂田さんに、添削してもらった履歴書を見ながら、志望動機や自己アピールを練り直すことにした。
 俺は坂田さんに会えば就職がうまくいく、坂田さんを神様のように思っていた。だがそれは違う。いつまでも人を頼りにしていたらダメだと思う。企業は自分で考えて動く人材が欲しいんだ。坂田さんは就活を頑張るヒントを与えてくれるが、最終的に頑張るのは自分だ。

 十一

 コンビニはライブなどのエンターテイメントや新商品など最新の情報を知れる。俺は勇一郎に電話した。
「そういや勇一郎が好きだって言ってたミュージシャンのライブ、今度の日曜にあるよ。就活の息抜きに行かねーか?」
「あっ行く行く。ちょうど就活に疲れて来たところだったから助かるよ。」
 俺は上手く力を抜いて就職活動ができるようになっていた。
 
 翌日、郵便受けに封筒が入っていて、開けてみると、書類選考を通過し、面接の日時と場所を伝える書類だった。俺は天にも昇る気持ちだった。こんなに嬉しいことはきっと人生のうちに何回かあるかないかだろう。
  
 大学に行くと勇一郎が
「俺、内定決まったさ。」と言って来た時にはさっきの喜びも束の間、焦りへと変わった。だが俺だって面接まで漕ぎ着けることができているんだ。チャンスは仕事をすることに真摯な気持ちでいて、必ず報われると信じて諦めなければいつだって転がっているに違いない。俺はそう自分を奮い立たせた。

 俺は面接のために急遽シフトを店長に変わってもらい、深夜勤務を代わりに入れることにした。

 十二

 今日は後輩がレジを担当していた。俺は品出しをしていると、常連お客様のお母さんと小さな子供が来た。俺を見て、男の子がこんにちはと言って元気よく挨拶をした。
「今日は天気が良くていいですね。」
「本当ですね。晴れてますね。」
「今日はこの子のお兄ちゃんの運動会なんですよ。」
「あっそうなんですか。それは晴れて良かったですね。」
「えぇ。」
男の子が「お兄ちゃんのお菓子買うの。」
と言って俺を下から見ながら話しかけて来た。「そうなんだ、美味しいお菓子選んであげてね。」と言うと、「うん。」と返事した。
 その後、俺は品出しを終えて、レジに行くと、後輩が「お客様が商品忘れていっちゃいましたよ。」と言ってきた。見ると、お菓子とジュースの入ったレジ袋が台の上に置かれたままになっていた。俺はさっきのお客様だとすぐに気づき、急いで走って、コンビニの外に飛び出した。お母さんと男の子は車に乗り込む寸前だったが、間に合った。お母さんはとても感謝してくれ、男の子は「ありがとう。」といって屈託のない笑顔で俺を見た。
 俺は後輩のために持って行ったんじゃない。お客様のためだ。俺はお客様のために頑張るんだ。働かない後輩はいつか気づくだろうか。言って気づかないのであれば待つしか無い。
 コンビニに戻ると、後輩が「今の僕が行くべきでした。先輩に迷惑かけて申し訳ないです。」と言って来た。俺は「わかればいいんだよ。」と言った。俺は遅ればせながらわかってくれたんだと思い、さっきまで重かった気持ちがふっと軽くなった。

 
 


 






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