第1話

文字数 1,968文字

 なにか心がときめくようなこと、ないかな……

 秋の風が爽やかな休日のベランダで、ボンヤリと私はそんなことを考えていた。二杯目のコーヒー、お代わりしようかなんてことと一緒に。
 手元の雑誌のページがパラパラと、風に(めく)られていた。そこに見えていたある記事。それがふと目に留まった。

『出会いは人の数だけあり、そこには色んなストーリーがあります。
 たとえば気になるお店の店員さん、そして宅配便のお兄さんとか……』

 あぁ……またいつもの恋愛特集だ。秋になると増えるのよね、この手の記事が。そう、必ずと言っていいほど組まれる、雑誌の特集記事。
 だが、ものの見事に私は、その恋愛特集記事のターゲットになっていた。でも、そもそも女のコって、いつでもキュンを求めてしまうもの。少し涼しくなってくる今頃は、特にそれが顕著になってくる。
 月並みだけど、私もやっぱり人肌が恋しくて、どうしようもなくなっていた。別に私、恋愛体質って訳じゃないけれど……


 手元の雑誌の恋愛特集は、あんまり面白いものじゃなかった。記事の字面(じづら)を眺めながら、頭の中は勝手にもっと欲深いものを求めていた。
 そんなときだった。部屋のインターホンが鳴ったのは。

 ピンポ~ン♪

 インターホンのモニター画面に映る人影は、青いポロシャツを着ている。いつもの宅配便業者だった。

「お届けものです」

「あ…は〜い」

 玄関ドアを開ける。ポロシャツのブルーが目に飛び込んできた。あっ……
 そこに居たのは、いつものオジサンじゃなかった。

「こんにちは」

 ワォ! 目の前にいたのは、爽やかな男子。

「こ、こんにちは…」

 私の声のトーンとテンションが、いつもより少し上がっているのが自分でも分かった。

「お届けものです、これ」

 そう言いながら、爽やか男子が荷物を差し出す。

「ちょっと重いですけど」

「おもい?」

 一瞬、言葉の意味が分からなくなる。耳で聞こえていた ”重い” という言葉が、頭の中で ”想い” に変換されていた。

「はい重いです……ちょっと、ね」

 そっと私の両手に手渡された荷物。ちょっと、と言いながら、彼はまだ両手で荷物を支えている。それが彼の優しさだと、私にはすぐに分かった。
 キュン……
 なんかゴメンなさい。仕事中なのに、勝手にキュンとしちゃって。
 なんて言ったらいいのだろう、これ。急に恋が落ちてきた……そう、恋に落ちたじゃなくて、落ちてきたんだ、恋が。
 こんな経験は初めてだった。

 そして彼は少しずつ、荷物を持つ力を抜いて行く。それはそれは優しく、あくまでもユックリと。そして……
 ズシリ。百パーセント伝わってきた。彼の想いが……あ、違う違う、荷物の重みが。

「重いでしょう?」

「あ、はい。何ですか、これ?」

「僕、配送だけの担当なので、荷物の中身までは…」

「あ、そうですよね。ごめんなさい、私…」

「あ、でもここに商品名が…」

 そこには小さく内容物の品名が記されていた。ひとめぼれ、5kg入りと。

「お米、ですかね…」

 嬉しそうに彼が微笑んだ。そして「ありがとうございました」という言葉だけを残して、去って行った。
 同じく私も「ありがとうございました」という言葉で、彼を見送っていた。
 今度、いつ会えますか…… 口から出かかったその言葉。でもさすがにそれは、呑み込んでいた。


 玄関ドアを閉めて、部屋に戻る。すると急に、恥ずかしさが込み上げてきた。バレちゃったから、私の「ひとめぼれ」が。
 あっ……この時、私は思い出していた。このお米……以前書いた雑誌のアンケート。その賞品が当たったんだ。でも今は、そんなことはどうでも良かった。
 いそいそとインターホンに記録されているはずの、モニター録画をチェックする。ふたたびキュンが、(よみがえ)ってきた。

「業務上の会話でいいから……もう一回、(ささや)いて欲しいな、彼に……」

 心がそう呟いた。






「あのぅ……ボクも囁いて欲しいな」

 ん? 何!? いま喋ったの、誰?

「ボク。インターホンだよ」

 よく分からないが、喋っている。インターホンが……

「ボクなんかさ、愛を囁かれたこと……一度だってないんだから」

 意外と饒舌なヤツだな……インターホンが喋っているのは不思議だったが、なぜか不自然なことだとは思わなかった。

「でも、お帰りなさい、の一言を囁かれたとき、あったかい気持ちになったよ。
ボク、いつもその言葉を聴きたいんだ。
だからさぁ、頑張ろうぜ、その恋」


 ……………… 。
 彼に「お帰りなさい」って言うような状況……それって私と彼と、この部屋で暮らすってこと? いゃん恥ずかしい、もう……
 なんかインターホンに勇気づけられちゃった。何だか分からないけど、確かにインターホンはそう言っていた。
 ただ私の心が新しい恋に向かって駆けだしていたから、だからそんな気がしていただけなのかも知れないが。


ー終ー
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