第1話

文字数 3,313文字

 こんな夢を見た。お母さんに買ってもらったサルのおもちゃが逃げ出して、仕事を奪われた馬と一緒に遊園地のトンネルの途中にあるボタンを押すと、そこは別世界に繋がっていて、敵の馬は火を吹くのだ。
 目が覚めてすぐに、これは『星からきたうま』の話だとわかった。小さい頃に読んで以来、すっかり思い出すことのなかった童話だ。普段忘れてしまっているように感じても、一度私の中に入ったものは、きっとどこかにしまってあって、それがなにかのきっかけで、不意に意識の表側に遊びに来ることがあるのだ。
 誰しも経験があると思うが、同じように、ずっと昔の、記憶の彼方の友人が、ふと夢に現れることがある。日常生活で全く関わりがなくなり、当時を思い出すこともしなくなってしまった友人が、途絶えた月日を感じさせることなく当たり前のように夢の中で私と談笑している。
 彼女もまた、定期的に私の夢の中を訪れる。
 私は、普段あまり中学の頃の話をしない。それは意識的にか、無意識的にか、小学校や高校の頃の話と比べて、中学時代を思い返すことは少ない。中学の思い出は、全て彼女と繋がっているからかもしれない。
 彼女が亡くなったと知ったのは、高1の冬だった。中学卒業前に滑り込みで連絡先を交換したものの、早速疎遠になっていた友人からの突然のメールだった。
「Fさんが亡くなったらしい」
 高校生活にも慣れてきて、中学の頃仲良かった友人達と連絡を交わす頻度が、毎日から週末に、月一に、そしてぱったりと止まったその矢先だった。
 その報せを教えてくれた友人は、母親伝で知ったらしい。事情を説明するその、柄にもなく神妙で、不慣れが垣間見える丁寧な文章がおかしかった。友人が、友人じゃないみたいだった。同じような返事を返す私も、私じゃないみたいだった。それが現実だった。
 Fさんとは、小学校から同じ学校だったが、小学校の頃はそこまで仲良くはなかった。むしろちょっと対立していた。中学に入ると、通っていた小学校から同じ中学に上がる人が少なかったので、仲良くならざるを得なかった。家も近かったので、毎日の登下校を共にした。時には校則を破って一緒に寄り道をした。部活がない日には放課後一緒にゲーセンで遊び、休みの日には一緒に駅前に買い物に行った。テスト前には、朝から夜までマックでテスト勉強をするのが恒例になった。思えば毎日一緒にいて、話すことは尽きなかった。
 高校は別々だった。Fさんはあまり勉強が好きではなかったので、制服のかわいい自由な校風の学校へ行った。私は勉強は得意だったので、制服の地味な厳しい学校へ行った。あんなに同じ時間を過ごしても、私達はちっとも似ることはなかった。
 高校生になってすぐくらいに、お互いの制服を見せ合うという名目で会ったことがあった。確か学校帰りに待ち合わせをして、家まで話しながら歩いて帰る、ただそれだけだった。私が電車通学だったので、駅で待ち合わせをした。その駅は、中学の通学路の途中にあった。2人で、話しながら、制服で帰る。変わったことは、2人が違う制服を着ていることと、自転車を押しているところだけだった。歩く道も、話が尽きないところも、変わっていなかった。
 お互いの学校の話には驚かされた。私は、Fさんが授業をサボって友達と空き教室で昼寝をしたという話に驚いた。Fさんは、私の学校の授業時間の長さに驚いていた。同じ“高校”でも、全く違う日々を過ごしていると、互いに感想を抱いたと思う。それから段々と、中学よりも慌ただしく充実した高校生活にしがみついているうちに、会う頻度は格段に減っていった。
 Fさんの葬儀が冬だったのは、はっきりと覚えている。ちょうどお通夜のその日に大雪が降って、葬儀場までのバスが運休になってしまった。Fさんを通して仲良くなった中学の頃の友達数人と、買ったばかりのスマホの地図を駆使しながら、珍しく雪の降り積もった冷たく暗い道を1時間以上も歩いて行った。こちらも久々に会う友達ばかりで、行き慣れない目的地と、困難な道とが相まって、遠足気分に高揚した。
 足元をびしょびしょにしながらようやく辿り着いた葬儀場は、とても暖かかった。ばらばらの制服の見知った顔、喪服姿で初めは気づかなかった先生達の輪の中に入る。喫煙所を占領するヤンキー達を、先生達が見て見ぬふりをしていたのは笑ってしまった。場所も、服装も違うけれど、中学の頃に戻ったみたいで、なんだか安心した。変に高揚していたのは、雪のせいではなく、久々に会った友人のせいでもなく、やはり緊張していたせいだと今ならわかる。
 Fさんは人望厚く、人気者だったため、本当にたくさんの友人が来ていた。本当に中学に戻ったようだった。もちろん見たことのある、そして大変お世話になった人が、見たことのない泣き顔で喪主の席に座っていたが、声をかけたかどうかは忘れてしまった。ただ、一番会いたかった、でも会いたくなかった彼女は、狭い棺の中で、きれいにお化粧を施されていて、なんだか知らない人のように見えたのを覚えている。
 次の日も、葬儀に参列した。昨日に引き続き参列している人もいれば、昨日は見かけなかった懐かしい顔もいた。お通夜とは一変して、残雪の照り返しでより一層明るく晴れた日のことだった。
 昨日と違う景色に見えたのは、その明るさだけではなかった。葬儀には、いつかFさんが着ていたのと同じ制服の、知らない顔がたくさんいた。中学の頃と変わらずに、Fさんは人望厚く、人気者だったことがわかった。
 出棺の時を迎えた。お別れの時間だ。彼女の高校の同級生達が、声を上げ、泣きじゃくりながら、あるいは抱き合いながら、棺の周りを取り囲んだ。ばらばらの制服の私達は、沈んだ顔つきではあるが、誰一人涙を流せなかった。涙よ、流れてくれ。思い出せ。あんなに長い時を共にした。学校と、その通学路が、私達の全てだった。コンビニが、ゲーセンが、マックが、冒険だった。
 私達は離れすぎてしまったようだ。毎日電車の車窓から、かつての通学路が一瞬で通り過ぎていくのをぼんやりと眺めていた。半年も会わないうちに、彼女は一瞬で離れた場所へ行ってしまった。
 最後の姿は見えなかった。小学校から9年以上の付き合いの友人は、まだ出会って1年にも満たない、別れを惜しんで涙を流してくれるたくさんの友に囲まれて旅立った。それは一瞬の出来事のように感じた。もし見送ることができたとしても、きっと私は横たわるその人が、彼女だと思うことはできなかったに違いない。その輪の外側で、ただ居心地の悪さだけを感じていた。
 それから私は、それなりに高校を楽しみ、大学で更に外の世界を知り、今はその世界を動かす、ほんの小さな歯車として働いている。世界は広くて、どんなに巡っても知らないことばかりだ。雨が降ったらとても大きな水たまりができる道路、傘を貸してくれる駄菓子屋さん、300円で撮れるプリクラ機、学校近くのとても怖いおばさんが住んでる家、あの時、私達の世界で知らないことはなかった。でも、そんな世界も、日々押し寄せてくる新しい情報に乗り遅れないようもがいているうちに、少しずつ忘却の彼方に追いやられてしまっている。
 中学の頃のことを思い出すことが少なくなってきた。それは意識的にか、無意識的にか、あんなに毎日が楽しかったあの頃の記憶に蓋をしている。
 あれから数年に一度、突然彼女が私の夢に遊びに来ることがある。私と彼女は、中学生の時の姿で、あるいはどこかの道端で、あるいはどこかの教室で、私の記憶と完全に一致することはないけれど、どこか懐かしい、普遍的な思い出を再現している。
 忘れていてごめんね。私だけ大人になってごめんね。あの時、涙を流せなくてごめんね。
 目が覚めると、楽しい思い出なんかじゃなく、罪悪感で満たされている。
 それでも私はすぐにまた忘れ、彼女は相変わらず中学生のまま、ふらっと現れる。
 平安時代では、夢枕に人が立つのは、その人が今自分のことを想っているからだと考えられていたらしい。彼女が、私のことを思ってくれているから夢に出てくるのだろうか。
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