第1話ー完結ー

文字数 1,082文字

 24時50分、私は羊代行サービスになりたいと思った。羊が一匹、羊が二匹、と数えるあのおまじないの代わりになりたいと思った。
 例えば、大事な試験があるとか、大きな業務を控えているとか、昨日と変わらない、やめられない日常がやってくるとか。 
 眠れない理由は様々だろうけれど、眠らなくてはいけない夜がやってくる。だから私は、眠れない人達のために羊の代行になりたいと思った。

 私もかつては、眠らなくてはいけなくても眠れない、そんな部類の人だった。
 数年前、私が眠らなくてはいけないのに眠れなかったのは、明日が来ることが怖くて仕方なかったからだった。
 今日のように嫌なことが起きたらどうしよう。
 明日が今日よりも、悪くなったらどうしよう。
 そんな思考が巡って、私はどうしても眠ることが出来なかった。
 そんな私に、羊の代わりにおまじないをくれたのは、名前も知らないどこかの誰かだった。

 数年前の24時50分、SNSのプロフィールで〝羊代行サービス〟と書かれていたその番号に私は縋る思いで電話をかけてみた。
「羊代行サービスです。今夜はどうされましたか?」
 声は、子供と女性の中間のような仄かに明るい、けれども柔らかい心地の良い声だった。
「眠れなくて、明日来るのが怖いんです」
「そう、そんな夜もありますよね」
 何となく涙ぐみそうになりながら、少しだけ私はその人とそんな会話をした。
「では、羊代行サービスのおまじないをしましょうか?」
「おまじない?」
「ええ、よく効くと有名なんですよ」
 いきますね、と羊代行サービスは張り切った様子でそう言った。
 眠くなーる眠くなーるくるくるぽん!
 急にそんな魔法の呪文めいたことを言い出したから、私は思わず笑ってしまった。
「あれ、おかしかったですか?」
「面白いですよ、なんか」
 受話器ごしに二人で笑って、それから私たちは明日が天気になればいいなどという話をした。
 そんなことをしている内に、私は少しだけ心が軽くなった気がした。

「おまじないが効いてきた頃ですかね」
 羊代行代行サービスは、得意そうにそう言った。
 時計は25時10分、私はそろそろ眠りにつかなくてはいけなくてはと思った。
「そろそろ、切りますね。ありがとうございました」
「いえいえ、またご利用くださいね」
 電話の切りぎわに、あっ忘れてた、と羊代行サービスが声を上げた。

「明日は、きっと今日よりも良くなります。だから、あなたは今も明日をむかえようと眠りにつこうとしているし、あなた今は生きているんです」
羊代行サービスは、そう言った。
 お休みなさい、二人で言葉を交わして、私は通話を切った。
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